あの時、男たちはスクラムを選択した。15年のラグビーW杯。3点を追う後半ロスタイム。日本代表は、3点のペナルティーゴールを選択肢から排除した。5点のトライを狙えるスクラムを組み、優勝経験のある南アフリカから歴史的1勝。イングランド・ブライトンで、史上最大の番狂わせの称賛を浴びた。

スクラムか、ペナルティーゴールか-。あれから8年。再びW杯の舞台に立つ日本(世界ランク14位)は、17日(日本時間18日午前4時)に前回準優勝・イングランド(同8位)と激突する。フランス・ニースの地でも、運命を決する選択が待ち受けることだろう。

ラグビー女子日本代表FWンドカ・ジェニファも選択した1人。ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた22歳。昌平高(埼玉)までは、バスケに打ち込んでいた。同校3年では、ウインターカップにも出場。ただ、今は籠球ではなく、楕円(だえん)球を手に持つ。

怒濤(どとう)のラブコールが人生を変えた。同校男子ラグビー部の監督から学校で会う度、会う度に「ラグビーやらないか?」の求愛を受けた。出会いは、ジェニファが中学3年の時。昌平の文化祭に遊びに行った際に、同指揮官にほれられた。約3年間で“告白”された回数は、2桁をはるかに超えるという。身長165センチのジェニファは「『でかいからラグビーやれ』って(笑い)。そこからずっと言われて、大学を決める時にラグビーをやろうと思いました」と選んだ。

決断は間違ってはいなかった。その後に流通経大に進学。日本代表ジュニアのテストを受験し、女子セブンズユースの合宿に招集を受け、今やサクラフィフティーンの一員として名を連ねる。バスケ時代のステップワークはボールが変わっても生きる。「コンタクトする前のステップを踏んだり、ずらして当たるというところを強みにしている」とうなずいた。

そして前夜の16日、節目の第1歩を踏み出した。「太陽生命 JRCS2023」女子フィジー代表とのテストマッチ(東京・秩父宮ラグビー場)に後半から途中出場。代表初キャップをマークした。「このジャージーを着られることは、当たり前ではないということを再確認した」。ラグビーに出会えてなかったら、この感動は味わえていなかったかもしれない。

兄はJリーガー。J1横浜FCのDFンドカ・ボニフェイスを兄に持つ。いつもポジティブな兄の背中を追い、刺激を受けてきた。桜のジャージーを受け取った際には「試合に出なきゃ意味が無い」とハッパを掛けられたが、兄の心配をよそにグラウンドに立った。何より、兄より先に日本代表デビュー。「うれしいです。代表デビューを知って、もっとお兄ちゃんも頑張ってほしいです」と笑った。

新たな世界へ飛び出した今、課題も見えた。今回のフィジー戦で、さらなるフィジカル強化の必要性を痛感した。「接点の部分ですね。1枚目の低いタックルが苦手。当たり負けしないようにしたい。あとはちゃんと体力をつけます」と成長を続けていく。「今回は余裕のなさが出て、チームメートにもたくさん声をかけてもらって、情緒を保てた。自分の意思でコントロールしていきたい」。常に代表に選ばれる選手を目指していく。あの日の選択が正しかったと、証明するために。【栗田尚樹】