<バスケットボール女子パリ五輪(オリンピック)世界最終予選:日本86-82カナダ>◇11日◇ハンガリー・ショプロン

21年東京オリンピック(五輪)銀メダルの日本(世界ランキング9位)が、今夏のパリ五輪出場を決めた。勝てば五輪切符獲得となる最終戦で強豪カナダ(同5位)に86-82で競り勝ち、通算2勝1敗として五輪出場権を確定させた。東京五輪後に昇格した恩塚亨監督(44)が外角シュートと速さに特化したチームを作り上げ、3大会連続五輪出場に導いた。男女そろっての五輪出場は、自国開催枠で臨んだ東京五輪を除けば76年モントリオール五輪以来48年ぶりとなった。

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コートサイドの恩塚監督は、常に柔和な表情を浮かべている印象がある。熱血指導でチームを鼓舞した前任のホーバス監督を「動」とするならば、理論的思考でデータを読み解き、丁寧な口ぶりで伝える恩塚監督は「静」と表現できる。

指導者としての経歴も異例だ。全国屈指の進学校として知られる千葉・渋谷教育学園幕張中高の教員として、02年から指導を開始。その後、東京医療保健大が新設されるタイミングで企画書を学校側に持ち込み、06年の女子バスケットボール部創部に奔走した。立ち上げたあとは短期間で強豪に育て上げた。22年春に退任するまで全日本大学選手権5連覇達成。企画、立案、交渉、行動力などを生かし、道を切り開いてきた。

日本代表にも自ら売り込み、戦術分析を担うアナリストとして関わるようになった。大学の監督との“二足のわらじ”で奮闘。銀メダルを獲得した東京五輪ではアシスタントコーチを務め、ホーバス監督の右腕としてチームを支えた。

東京五輪後に、女子日本代表監督に昇格。「選手もスタッフもなりたい自分、理想の自分に向かうことが大事」と説く。「ワクワクがあふれるバスケ界へ」と理想を掲げ続けている。【奥岡幹浩】

◆恩塚亨(おんづか・とおる)1979年(昭54)6月5日生まれ、大分県中津市出身。中津南高-筑波大-早大大学院。東京医療保健大に06年に女子バスケ部を創設して短期間で全国有数の強豪に育て上げ、17年から全日本大学選手権5連覇。女子日本代表にはアナリストとして07年から関わり、17年からアシスタントコーチに就任。銀メダル獲得の21年東京五輪ではホーバス監督を支え、同大会後に監督に就任した。

◆パリ五輪バスケットボール競技 5人制は男女各12チームが出場。7月27日から8月11日にかけて実施され、1次リーグはスタッド・ピエール・モーロワ、決勝トーナメントはベルシー・アリーナで行われる。3人制はパリ中心部のコンコルド広場で7月30日から8月5日に行われる。

◆パリ五輪女子バスケ勢力図 出場する全12チームが出そろった。優勝候補筆頭は21年東京五輪金メダルの米国で、団体競技での五輪最多単独記録となる8連覇を狙う。22年W杯も制しており、パリ五輪切符をいち早く手にしていた。同年W杯準優勝の中国が2番手グループ筆頭で、オーストラリア、カナダが4強に入った。東京五輪銀メダルの日本は世界最終予選でカナダや世界ランク4位スペインから白星を挙げているように、ランキング上位国と互角の実力を持つ。