今日3月11日午後2時46分、東日本大震災の発生から15年が経過する。フィギュアスケート男子でアジア唯一の冬季五輪2連覇、プロ転向4季目に入った羽生結弦さん(31)も当時、仙台市の自宅が全壊判定を受けて避難所生活を送った。
「16歳でしたけど、インタビューや記事を通して『伝えるべき立場として頑張っていかなければ』という使命を、若いながらに帯びた気がしました」。以来、復興支援を欠かさず、今年も座長公演「notte stellata」を4年連続で開催。9日まで3日間、鎮魂と再生を願った。震災後、遺体安置所となっていた会場で。
揺れが起きた時に練習していたアイスリンク仙台への個人寄付額も、先月で1億997万円超に。能登半島地震の慈善公演など、その後に見舞われた災害の被災地にも寄り添ってきた。
「能登、熊本や(北海道)胆振…あの後も地震が起きた地域に行きましたが、東日本大震災があったから防災、減災が進み、守られた命もある。15年…人間は5の倍数に節目を感じやすいけど、復興が進んだところもあれば、取り残されている地区もあるので、ずっとずっと応援し続けたい」
今年は、被災3県の児童や学生らの東北ユースオーケストラと共演。「震災後に生まれた子、まだ幼くて記憶がない方もいる中、当時を知っている人間だからこそ、守る、学んだことを(風化させないための発信として)ずっと続けていきたい」。羽生さんの支援に終わりはない。【木下淳】


