ご唱和ください六甲おろし! 開幕カード以来の3連勝。導いたのは粘りの男、阪神先発岩田稔(31)だ。これまで4戦は好投報われず、世間に負けた昭和枯れススキ。ヤクルト戦は7回でなんと10安打を浴びながら、めげずに0を並べた。ヨッ、ニクイね、この粘り。5戦目先発でつかんだ初勝利。岩田のショーは、今始まる。

 隠れるようにトイレに向かった日々…。忘れられない記憶が今、左腕を振る力になる。岩田は無失点で耐えた。毎回安打を許し、7イニングのうち6イニングで得点圏に走者を背負った。制球は甘く、何度も痛打された。7回10安打2四球の初星。「情けない投球でした」。お立ち台で苦笑いした後、本音がこぼれた。

 「勝てたので、良しとしましょう」

 3月中旬、大阪市内の焼き肉店で同い年の男性と初対面した。社会人になってから1型糖尿病を発症したという。男性はある瞬間、目をカッと見開いて驚いた。岩田がトングを注射器に持ち替えた時だ。

 「えっ、外で打つの!? トイレ行かへんの?」

 1型糖尿病患者は食後の血糖値上昇を抑えるため、食前にインスリン注射を必要とする。岩田は必ず人目に触れる環境でおなかに針を刺す。周囲がザワつき、場が凍りついた経験は数知れない。それでもあえて好奇の目に自らをさらす。

 「それがオレの役目だから。昔はトイレに隠れていたよ。でも、コソコソ注射している時、どれだけ惨めな気持ちになったか。別に悪いことしてないのにってな…。オレはいいんよ。でも、子供たちにはそういう思いをさせたくないから」

 高校2年の冬、1型糖尿病を発症。生活習慣病ではないにもかかわらず、不摂生を疑う偏見にも直面した。もっと1型糖尿病を知ってもらいたい。そんな思いから公の場で注射器を持ち、全力投球を続けている。

 米国アリゾナ自主トレで走り込んだ際には低血糖で倒れかけた。登板中も通常の血糖値をキープするため、3イニングに1回はベンチでゼリー状の栄養飲料をひと口なめる。「病気してたら衰えも早いんかな…」。悩んだ時、勇気をくれたサッカー選手がいる。

 2月下旬、昨年までFC岐阜に所属した杉山新さん(34)が現役引退を表明。偶然ネットニュースで目にし、1型糖尿病患者だと知って驚いた。「サッカーは休めない。たまに水を飲むぐらいしかできない。すごいな」。今度は自分が子供たちに勇気を与える番だ。そう思えば、苦難やピンチに真っ向勝負できる。

 「必ず報われると思って、やっています!」

 遊撃鳥谷らの好守にも助けられ、今季5度目のマウンドで初勝利。09年に並ぶ自身最遅初星に安心している暇はない。これで先発4本柱全員に白星がつき、チームは開幕カード以来の3連勝。猛虎がようやく土を蹴り上げ、獲物を視界にとらえ始めた。【佐井陽介】

 ▼岩田が今季5試合目の登板で初勝利。09年と並び、自身では最も遅いシーズン1勝目となった。7イニングを投げ10安打されながら、失点0。1試合2桁被安打はプロ8度目で過去5敗していたが、白星を挙げたのも無失点も初。