<三沢光晴選手死去…ファン追悼メッセージ=30>

 ◆テレビで三沢さんのニュースを知り言葉をなくしました。小さい頃からプロレスファンでした。しかし放送が深夜に移り見れない時代もありましたが、中学時代に家に初めてビデオ来てからプロレス観戦を再開しました。その時、プロレスラー三沢光晴を初めて知りファンになりました。僕の中でのベストバウトは始めてハンセンからシングルで勝った三冠戦です。本当に興奮しました。本心はもっと三沢光晴の試合が見たかった。でも、もう見れないのですね…。三沢さん今まで僕に勇気をくれてありがとうございます。こらからはノア、プロレス界を見守ってください。ほんとうにありがとうございました。(男性30代)

 ◆今までのプロレスラーの中で受身は世界一と思っていただけに、信じられない、信じたくない、受け入れられない、受け入れたくない…プロレスラーとしての三沢も好きだったが、テレビの特番で見せるエロい三沢も人間らしくて好きだったなあー。三沢光晴、お疲れ様でした、ゆっくり休んでください。(男性30代)

 ◆三沢さんとのエピソードは2つあります。ひとつは新潟市体育館で試合があったときに偶然近くのマクドナルドから両手に大きいハンバーガーの紙袋を持って出てきたときです。「握手してください!」とお願いしたら三沢さんは「今手空いてないから、指だけでいいかな?」といって紙袋を持ちながら大きな人差し指を出してくれたものでした。もうひとつは同じく長岡で興行があったときです。94年のチャンピオンカーニバルでは、残念ながら三沢さんが腰を怪我したため当日欠場が発表されました。馬場さんの計らいだったのかそれとも三沢さんの希望だったのかは分かりませんが代わりに三沢さんの写真撮影会が催されました。そのときのあまりに痛々しく歩く姿にやや私はビビッてしまい、自分の撮影順番になっても三沢さんの近くに近寄れませんでした。そのときに「もっと近く寄れよ!」といって肩を組んでくれた三沢さんの手の感触は絶対に忘れられません。私は今30歳になるところですが「リーダーとしての器の大きさ」「言葉でなく行動で示す姿」など全て三沢さんから学びました。今までありがとうございました。(男性20代)

 ◆訃報から2日経ちますが、いまだに信じられません。百田さんが「後日ファンの為に改めてお別れする場を作りたい」と仰ってましたが、そこで初めて三沢選手の死を実感できるのかなと。普段は嫌なことでも受け入れる性分ですが、三沢選手の死については、受け入れるのに相当時間がかかりそうです。ベイダーの強烈な投げっぱなしパワーボムを食らっても何事もなく立ち上がってきた姿。2003年3月1日、対小橋戦で放った花道からのタイガースープレックス…。三沢光晴というプロレスラーに、戦う男の凄味というのを見せ付けられました。三沢の後に三沢なし。もう、あの雄姿が見られないのが非常に残念だし悔しいです。(男性30代)

 ◆ただただ涙が止まりません。高校生のとき、素直じゃなかった僕は、無敵の大エースだったジャンボ鶴田に向かっていく三沢を見て、身の程知らずだと思った。勝てるわけがないと。しかし三沢はまさかの勝利。プロレスなんて茶番、八百長だとたかをくくっていたが、あの試合を見て、真剣勝負だと確信した。そのあまりにもひたむきなファイトに、思わず涙があふれた。あれから本当のプロレスファンになれたと思う。プロレスとは何かを教えてくれた人。三沢さん、本当にありがとう。(男性30代)

 ◆「おいおいおい、冥福なんて、祈ってんじゃねえよ」。あの調子で、しゃべっている様子が頭に浮かびます。NOAHは三沢さん、あなたが代表したプロレス1の団体。これからも、三沢さんを見に、会場へ行きます。ひとまず、お疲れ様でした。これからはNOAHの、心の名コーチとして活躍を期待します!(男性40代)

 ◆ニュースを見ると涙が出てしまう。(男性30代)

 ◆三沢さん、言いようもなく残念でひたすらに悲しいです。あなたからもらった勇気の数々決して忘れません。(男性30代)

 ◆三沢さんは世界一のレスラーであり、素晴らしいリーダーでした。急な訃報が入ったあの日から、まだ乗り越えられない状態です。三沢さんが遺してくださったこと、こうしてリングで生涯を終えたこと、沢山の懐かしい映像を観ながら、どう受け止めるべきか、結論を出していきます。今まで数え切れないほどの感動をありがとうございました!

 三沢さんのファンであることに誇りを持ち続けていきます。(女性40代)

 ◆高校生のときからファンで、三沢選手はいまでも自分の中のヒーローです。ニュースを見た後、放心状態でしばらく何も考えられませんでした。この想いをどのように言葉に表したらいいのだろう。ただ、かける言葉があるとしるなら、本当にお疲れ様でした。これしか思いつきません。(男性30代)

 ◆今日は仕事が手につきませんでした。あの「スパルタンX」が何度となくきこえてきて。三沢さん、感動ありがとう。ゆっくり、休んで下さい。(男性40代)

 ◆頸髄離断…。こんな衝撃的な死因を初めて聞きました。こんなことにもなるかもしれぬ覚悟を持って試合し続けた三沢さん。そしてその覚悟を見続けたプロレスファンの自分。プロレスファンとして三沢さんが亡くなった今、これからもノアはもちろん、プロレスファンであり続ける、その覚悟を持つことが三沢さんへのせめてもの供養だと思います。だけどスパルタンXのテーマが耳に聞こえてきて、三沢コールの入場シーンを想像したらやっぱり泣けてきます。(男性40代)

 ◆心から尊敬していました。安らかにお眠りください。トークショーで弟にフェースロックをかけてもらい、わたし自身も握手してもらったことを一生忘れません。(男性30代)

 ◆三沢…今日はじめて涙が出たよ、三沢…バカヤロー。もう会えないのかよ。何とか言ってくれよ。頼むよ…なぁ、三沢…。(男性40代)

 ◆三沢選手を初めて知ったのはテレビゲームでした。「こんな動きができる人間が実際にいるのか」との興味から試合を中継で見始めたのがきっかけです。その後は生身の凄さにただただ圧倒されてしまいました。こんなに凄いことをしているのに、なぜプロレスは「八百長」と片づけられてしまうのか。三沢選手の試合を観ながら常に感じていた疑問です。あなたこそが、プロレスを改めて世に広めてくれるものと勝手に信じていたのに。惜しいですが、三沢さん。安らかに眠ってください。これまで勇気を散々分けていただき、ありがとうございました。ファンになったのが遅かったので全盛期をリアルタイムで観戦することはかないませんでしたが、自分が一社会人となった今は経営者としても深く尊敬しておりました。最後に斎藤選手。あなたを責めてはいません。時間はかかるでしょうが真の復帰を心待ちにしています。(男性30代)