大関稀勢の里(29=田子ノ浦)が、1敗だった横綱鶴竜(29)を引きずり降ろした。盤石の左四つで、寄り切り。わずかに可能性が残る逆転優勝へ、望みもつないだ。今日14日目は、大関豪栄道(29)を退けて1敗を守った横綱白鵬(30)との一番。白鵬が勝って、2敗の鶴竜が敗れれば、白鵬の35度目の優勝が決まる。

 仕切りで見せた起きない体と、ぶれない下半身。そこが、今までと違った。

 稀勢の里は先に手をつき、重心を前にかけた。立とうとした。だが、鶴竜の体勢はまだ。これまでなら突っかけるか、体を後ろに戻しすぎて立ち遅れていた。

 この日は、どちらでもなかった。ほぼ静止したまま、相手から目をそらさない。夏場所から改善した前傾姿勢の形が保たれていた。いざ立つと、圧力は十分だった。左を差して右は上手を引く。間断なく前に出るから、横綱の巻き替えも許さない。4秒3の寄り切りは、まさに完勝。「思い切って行けました。いい相撲」と満足げにうなずいた。

 名古屋場所は近年、鬼門だった。部屋の人数が少なくなったここ数年、番付発表の1週間前には全員で名古屋に移動する。だが、そこから土俵をつくるため、稽古ができない。「あの1週間がいつももったいない。自分は動かさないといけない体ですから。あの時期は休ませちゃいけない」。

 今年は動いた。自ら稽古先を探した。伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に申し込んで、新大関照ノ富士らがいる大阪・堺合宿に2日間、1人で飛び込んだ。異例だった。細くなっていた太ももにも、張りが戻った。だから終盤に来ても「疲れはないっすね」と笑った。

 前半の取りこぼしでまたも、優勝争いの中心にはいない。白鵬を倒しても、鶴竜が勝てば初優勝の望みは断たれる。だが、なすべきことは1つ。待ったをかける思いかと問われると、こう答えた。「そういうことじゃなく、自分のために頑張らないといけない」。己のために、ただ1人1敗の白鵬に挑む。【今村健人】