10年ぶりの日本出身力士の優勝へ、大きな関門を突破した。全勝対決で、大関琴奨菊(31=佐渡ケ嶽)が横綱白鵬を押し出して、単独トップに立った。過去4勝46敗と圧倒されている横綱に鋭い踏み込みで左をねじ込むと、前に出続けた。06年初場所の栃東以来となる日本出身力士の優勝へ、光が見え始めた。

 土俵の上にまで、無数の座布団が乱れ飛んだ。いつまでも止まらない。拍手も声援も、鳴りやまない。熱気が最高潮に達した館内。その中に1人だけ“温度”が違う人間がいた。誰あろう、勝った琴奨菊だった。「自分を信じて。自分の相撲を取れた。やりきった感だけだった」。言葉は冷静で「まだまだ場所は長い」。喜びは見せなかった。

 過去50番で4勝しかしていない白鵬戦。最大の対策は「心」だった。「速攻の気持ちを持ちつつ、長い相撲でも大丈夫だと自分を信じる。組みたくないから持っていかないと、という焦りはいらない」。組めば白鵬が有利だという考えを捨てた、逆転の発想。力を出し切る心は整っていた。

 迎えた立ち合い。右頬を張られてもひるまず踏み込み、左腕に全力を込めた。支度部屋で出番直前まで繰り返した、ねじ込む動作。横綱の右腕をはじいた。得意の左四つから、胸を合わせてがぶり寄り。最後は、粘る相手を押し出した。何もさせない圧勝だった。

 場所前から増えた言葉がある。「優勝する」。希望に近かった以前と、覚悟が違った。「相手との戦いなんて、ほんの20秒か30秒。それ以外は全部、自分との闘い。そこに勝てるようにしてきた。相撲(を取る)以外の時間は全部あててきた」。相撲を始めて23年。最も向き合う今だから、迷いなく言葉にできていた。

 勝ち名乗りで、両手で受け取った41本の懸賞。負けて持ち帰れない日は、妻祐未さんにケーキを買っていた。今場所は1度もない。場所後に結婚式を控えて、花嫁を太らせるわけにはいかない。「そう! それも考えているよ」。これも大きな支えの1つだった。

 11日目で初めて単独トップに立った。見える景色は変わる。追われる重圧も降りかかる。だが「明日も厳しい戦い。ブレたら終わり。まだある」。思いを貫いたとき、10年間の重い扉が開く。【今村健人】

 ◆11日目での日本出身力士の単独トップ 12年夏場所で1敗だった稀勢の里以来。当時は2差をつけていたが、13日目で並ばれ、最後は旭天鵬が優勝決定戦で栃煌山を倒して初優勝した。全勝での単独トップとなると、02年初場所の栃東以来14年ぶり。13日目で千代大海が抜いたが、千秋楽の直接対決で並び、優勝決定戦で栃東が逆転優勝した。

<琴奨菊○-●白鵬の記録>

 ◆07年九州初日 得意ではない左上手を引いて休まずにがぶり寄り。土俵際ですくい投げを食らうも既に白鵬の足が出ていて、土俵下まで吹っ飛ばした。8度目の挑戦で白鵬戦初勝利。横綱戦も初勝利となった。

 ◆11年名古屋11日目 白鵬の右の張り差しに構わず左腕をねじ込む。両まわしを引くと、低い重心からがぶり寄り。同じ福岡県出身の魁皇が引退表明した日に9勝目を挙げた。

 ◆11年秋13日目 利き腕の左で前まわしをつかみ、白鵬の右を封じて必死の寄り切り。大関昇進の目安となる12勝まで1勝と迫った。(場所後に昇進)。

 ◆14年春13日目 6勝6敗と苦しい状況で迎えた最初の横綱戦で、鋭い出足で寄り倒し。白鵬に初黒星をつけた。翌日も横綱日馬富士を倒して勝ち越した。白鵬はこの一番で右手を負傷。3連敗で優勝を逃した。