三谷幸喜作・演出、市川猿之助主演の舞台「エノケソ一代記」が面白かった。2人のタッグは渋谷パルコ劇場の「決闘!高田馬場」以来10年ぶりだが、NHK大河ドラマ「真田丸」を1年間やりきった三谷の脚本家としての進化、歌舞伎に止まらない猿之助の現代劇の俳優としての底力を感じさせる舞台だった。

 昔は人気俳優、人気歌手の偽者たちが全国を巡業していた。今の時代のような、一般人でもすぐに写真などが世の中に出回るネット社会と違い、当時はそれなりに人気があったようだ。舞台の主役は、昭和の喜劇王榎本健一ことエノケンの偽者である「エノケソ」を名乗り、一座を率いて全国を巡業した男、田所。エノケンを愛し、崇拝するあまり、何でもエノケンの真似をしようとする。それがエスカレートして、エノケンが病気で脚を切断した時、田所は迷うことなく、脚を切断しようとする。

 三谷の舞台にしては、笑いが少ないかもしれないが、脚の切断という狂気としか思えない行動に出る田所のエノケンへの熱い思い、命を掛けた敬愛ぶりがヒシヒシと伝わってくる。切断した影響で体調が悪化した田所がエノケンのもとを訪れるが、会うことができず、そのまま息を引き取ってしまうラストは何とも切ない。

 田所以外にも、吉田羊が演じた田所の妻、浅野和之の一座の座付き作家蟇田一夫ら登場人物のキャラクターも一筋縄ではいかない、深さを持っている。「真田丸」で主人公の信繁だけでなく、昌幸、信之、家康、秀吉という役に1年間、じっくりと付き合った結果が、今回の舞台でも生きている。猿之助のしなやかな演技がいいのはもちろんだが、それも三谷脚本が引き出したといえるだろう。【林尚之】