<陸上:日本選手権>◇2日目◇9日◇大阪・長居陸上競技場

 男子やり投げで注目のディーン元気(20=早大3年)が、第一人者の村上幸史(32=スズキ浜松AC)とのハイレベルな一騎打ちを制し、ロンドン五輪切符をつかんだ。村上が2投目に82メートル93、3投目に自己ベストの83メートル95と大会新記録を次々と更新すると、ディーンも4投目に84メートル03を記録して、わずか8センチ上回り逆転。村上の13連覇を阻み、初優勝を飾るとともに、父ジョンさんの故郷・英国への凱旋(がいせん)を決めた。

 大逆転の一投だった。3投目までに村上が大会記録を連発。重圧がかかる中での4投目。ディーンは自分を信じて投げた。大阪の夜空をやりが舞う。大アーチを描き、80メートルラインを超える。会場がどよめく。表示された記録は、84メートル03。大型ビジョンには、この日3度目の「大会新記録」の文字が躍った。それでも表情は崩さない。まだ試合は終わっていない-。そんな強い意志が浮かんだ。

 流れが変わった。追う状況となった村上に力みが出る。4投目から3本連続でファウル。あえなく王者の連覇は12でストップ。その瞬間、それまで硬かったディーンの表情は一転してはじけた。無邪気な子どものように両手を広げ、フィールドで喜びを爆発させた。テレビのマイクを向けられると、「本当にうれしい。ようやく決められた」。そしてスタンドで見守った父ジョンさんに向け「ダディー!」と叫んだ。

 苦しい試合だった。1本目、助走路の感触が合わず、やり直した。そこへ村上に先行され、重圧がかかった。ただ、心はぶれなかった。「周りを見ても自分は変わらない。自分のリズムで投げよう」。敵は村上でなく、自分だった。大会記録を塗り替えての初優勝にも「(自己記録が)上がってきているので当然。国内の基準が上がっていかないと世界では戦えない」。その視線の先には、ロンドンがはっきりと見えていた。

 最近、よく頭をよぎる光景がある。00年のシドニー五輪に初出場した時の室伏広治の姿だ。「周りがうるさくて、(人さし指を立てて)『シーッ』って。自分のペースを保てないぐらいの場所なんだな、と思いました。すごい集中力がないと、自分の力を出せない舞台なのかな」。父ジョンさんは英国出身で、祖母が今も暮らす。早大所沢キャンパスの練習場には「LONDON

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 Home」と書いた紙を張る。家族で「故郷」に帰ることが夢だった。ただ、今のディーンには出るだけのロンドンではない。戦うために、ロンドンへ行く。その覚悟がある。

 「村上さんの連覇を止めたのは、これから先のステップになるし、この上に行ける希望にもなった」。1つ壁を乗り越え、また新たな視界が飛び込んできた。【佐藤隆志】

 ◆ディーンの記録

 織田記念(4月29日)で出した自己ベストの84メートル28(日本歴代2位)の記録は、昨年の世界選手権に当てはめれば4位相当。今季のランキングでは、ベセリ(チェコ)の88メートル11が1位で、ディーンは8位。ただし、記録は84~85メートル台に集中。ディーンは織田記念で自己記録を4メートルも更新した勢いがあるだけに、その再現があれば、表彰台も狙える。

 ◆ディーン元気(げんき)1991年(平3)12月30日、神戸市生まれ。平野中3年時の全国大会で砲丸投げ4位。やり投げは市尼崎で始め、09年総体はやり投げと円盤投げで2冠。早大進学後はやり投げに重点を置き、10年日本選手権3位、昨年の日本選手権2位、同年7月のアジア選手権7位。家族は父ジョンさん、母博子さん、姉綾さん、兄大地さん。182センチ、85キロ。血液型A。

 ◆ロンドン五輪への道

 国際陸連が定める五輪参加標準記録は1カ国1種目3人まで出場できるAと、1種目1人だけのBがあり、A標準突破者が日本選手権で優勝すれば代表内定。それ以外はA、B標準をクリアした選手を対象に、11日の理事会で決める。