パパ、救世主になって!

 陸上男子50キロ競歩の谷井孝行(33=自衛隊)が、日本競歩の歴史を変える。昨年世界選手権銅メダリストは18日、今大会陸上初メダルの期待を背負って登場。小学校の同級生だった美紀夫人(33)の叱咤(しった)激励と、長女美緒ちゃん(5)の手紙に勇気づけられて出陣。今大会で「入賞2」の停滞ムードを吹き飛ばし、競歩界悲願の五輪初メダルをつかむ。

 谷井は7月28日、北海道合宿から埼玉・和光市内の自宅に戻った。玄関を開けるといつもと違うリビングの壁が目に入った。五輪マーク、ひまわり、金メダル、そして美緒ちゃんが切り抜きで作ったメッセージ。

 「パパ

 がんばってね!

 みお

 ミオ」

 夕食のテーブルには「何が食べたい」と聞かれ、リクエストした美紀夫人お手製のハンバーグとビーフストロガノフが並んでいた。

 リオ出発直前、わずか2泊3日の家族水入らず。7月31日の出発は、妻が車で約5分の自衛隊体育学校の集合場所まで送っていた。美緒ちゃんは大好きなパパと離れるのが嫌で「帰りたくない」と駄々をこねて大泣き。谷井は「パパ、頑張ってくるよ。帰ってきたらいっぱい遊ぼうね」となだめて、成田に向かった。

 妻とは東京・三鷹市の小学校で1、2年と同じクラス。08年北京五輪前に再会して09年9月に結婚し、翌年9月に美緒ちゃんが生まれた。娘が1歳になる前は、合宿から帰ると顔を忘れられて、玄関先で「びゃー」と泣かれて「うっ」と言葉につまった。五輪の50キロはアテネが失格、北京は29位、ロンドンは途中棄権。当時、競歩は30歳前後で引退する選手が多かったが「パパが競歩をやっているとわかるまでやりたい」と支えになった。

 ロンドン後は美紀夫人から叱咤激励を受けた。調子が上がらずに合宿にいきたくないと愚痴をこぼすと「いかなきゃいいでしょ!

 どうせ合宿にいっても、皆でご飯食べるとかいってお金ばっか、使ってくるんだから」と怒られた。独身の時は家でも競技のことで思い悩んでいたが、結婚後は「なんで家に(競技を)持ち込んでイライラするの!」と注意されて改心。娘をお風呂に入ることが仕事だ。

 谷井の母喜代美さん(55)は「いいお嫁さんですよ。本人は鬼嫁というけれど。私はそこまで思わないけれどね」。谷井は「家で競歩のことを考える時間がなくなって逆によかった」と感謝する。

 昨年の世界選手権北京大会は「メダル1号」となる銅を獲得した。ただ娘から「1番じゃなかったの?」と聞かれた。そして今年の父の日には「おとうさんへ

 だいすき(ハート)おりんぴっくがんばってね☆

 みおより」と手紙をもらった。陸上はここまで今大会メダルなし。家族の励ましを力にして、谷井が再び「メダル1号」になる。【益田一弘】

 ◆谷井孝行(たにい・たかゆき)1983年(昭58)2月14日、富山県滑川市生まれ。東京・三鷹市で幼少期から小学6年まで過ごし、両親の故郷富山へ移住。滑川中では野球部。高岡向陵高-日大-佐川急便-自衛隊。昨年世界選手権北京大会で日本競歩初のメダルとなる銅を獲得した。家族は夫人と長女。167センチ、57キロ。