2004年アテネ五輪女子マラソン金メダルの野口みずき(シスメックス)が15日、神戸市内で開いた記者会見で「幸せな陸上人生を歩むことができた」と述べ、現役引退を正式に表明した。

 150センチ、41キロの小さな体で、走りは誰よりもダイナミックだった。身長とほぼ同じ歩幅で、跳びはねるようなフォーム。ハーフマラソンで活躍できても、42・195キロへの適性を疑問視する声が専門家の間では支配的だった。だが徹底した走り込みと肉体強化で、世界の頂点に立った。

 高校時代に目立った実績はない。それでも「走った距離は裏切らない」との信念で練習に向き合った。合宿では1日3度の練習で月間1000キロを超える距離を走り込んだ。

 当時指導した藤田信之氏は「非常に高いレベルで練習していた。レースごとに同じように練習を計画できた」と証言する。

 アテネ五輪では世界記録保持者のラドクリフ(英国)らを破り、大歓声の中、両手を突き上げて真っ先にゴールした。「声援を自分のものにできて、うれしくて仕方なかった。とても幸せ」と喜びをかみしめた。

 シドニー五輪女王、高橋尚子さんは、メディアにも積極的に露出して国民的な人気を集めた。野口は対照的にアテネの栄光後も、走りを磨くことに集中し、2005年には日本記録を樹立した。

 07年東京国際までマラソン6戦5勝。北京五輪では連覇の期待が高まったが、ハイレベルの練習に体が悲鳴を上げ、欠場に追い込まれた。けがとの闘いが続く中、練習に取り組む姿勢は後輩の手本であり続けた。日本陸連関係者は「野口がいるだけで日本陸連合宿の雰囲気が違った」という。走りの躍動感は薄れても、その存在感が色あせることはなかった。