<柔道:全日本選手権>◇29日◇日本武道館

 100キロ超級の王子谷(おうじたに)剛志(21=東海大)が初の日本一に輝いた。決勝でロンドン五輪代表の上川大樹(24)に得意技の大外刈りで一本勝ち。史上初の世界ジュニア選手権100キロ超級2連覇を果たした大器が、不振を乗り越えた。

 やはり絶対の自信を持つ、この技だった。「中盤から後半の疲れたところに一撃をくらわす」。ずっと王子谷は耐えた。158キロの上川の圧力を受け続け、指導の差で先行されても、相手の体力が落ちるのを待った。4分18秒。勝負の一瞬がきた。一気に相手との間合いを詰めて、右脚を振り上げる。勢いよく上川の背中を畳にたたきつけた。

 小1で始めた柔道は「不器用」から始まった。基本の前回り受け身ができずに、家で布団を敷いて猛特訓したほど。「だから、小学生の6年間は背負い投げなんてできず、大外刈り一本」と父高次さん(53)は懐かしむが、本人にはまだ先が。「中学入学の時、高校まで6年間は大外を磨きなさいと先生に言われて」。それこそ何万回と練習してきた。その技で日本一をつかんだ。最高の興奮に、大きな体で畳を跳ねた。

 10代後半で史上初の世界ジュニア2連覇を達成した。ところが、その後はパッとしない。東海大の上水監督は「引っ込み思案で遠慮がち」と性格を説明する。闘志が足りないわけではない。よく稽古に励むが成績が伴わない。そんな不振打開に、同監督が命じたのは主将就任。その意図は「責任感を持たせたかった」から。仲間を引っ張らないといけない状況。徐々に心に変化が生まれてきた。

 同時に、ライバルの存在も火を付けた。同学年の原沢(日大)が昨年大会で準優勝。評価で差をつけられ、見返したかった。その好敵手との準々決勝では「意地が出た」と、これまた大外刈りで一本勝ち。鬼気迫る表情に「遠慮がち」な姿はもうなかった。

 中学時代からあだ名は「玉子谷」。「王子には早いと言われていたからですが、今回で少しの殻くらいは破れました」とはにかむ。これまで返し技中心の柔道で最重量級の4番手。国際大会の実績などが考慮されて世界選手権代表には届かなかったが、男子代表の井上監督は「4人で競ってほしい」と上川、七戸、原沢とともに名前を挙げた。“一殻むけて”「王」に近づくのはこれからだ。【阿部健吾】

 ◆王子谷剛志(おうじたに・たけし)1992年(平4)6月9日、大阪府生まれ。柔道経験者の父高次さんの影響で7歳で競技を始める。小学時代には府大会2位が最高も、才能を見込まれて神奈川・東海大相模中に入学。東海大相模高3年時は高校総体、日本ジュニア、世界ジュニアを制覇。特に世界ジュニア100キロ超級の日本人の優勝は山下泰裕以来34年ぶりだった。国際大会では12年W杯優勝などがある。得意技は大外刈り。右組み。世界ランク49位。家族は両親と姉、弟。186センチ、137キロ。