構えたミットから、復活の合図がした。オリックス伏見寅威捕手(29)が、目を見開き「スパァン!」と握る。投手に返球すると、うれしげにマスクへ手をやり、ホームベースをゆっくりなでた。「ナイスボール! いいよ、それそれ!」。2月。宮崎キャンプのブルペンに明るい声が戻った。左アキレス腱(けん)断裂の大ケガを乗り越えて、伏見が帰ってきた。
「手術して8カ月。ここまで本当に長かった。楽しみなんです、野球をプレーするのが」
色白肌は、こんがりと焼けている。「リハビリばかりだったので。アキレス腱を切って、入院して、リハビリしてるときから考えたら…。いろいろ頭をよぎるものがありますね…」。
悪夢は突然だった。「忘れたくても、一生、忘れられないです」。昨年6月18日巨人戦(東京ドーム)。1点を追う9回2死二塁。伏見は打席に向かった。「あの展開、どうにかしないとなと思っていた」。低めのボールを強振。力余って、その場に倒れ込んだ。「空振りしたことは分かった。その次に『痛い!』って。その時、キャッチャーに思い切り蹴られたと思って…。『なんで蹴るんだよ!』って思ったんです」。自力で歩けず、うずくまる。もう、起き上がれなかった。一塁コーチの佐竹コーチに背負われてベンチに戻った。「大丈夫だとは思ってたんですけどね…」。大ケガだとは思いもしなかった。そのまま病院へ直行し、診断は左アキレス腱断裂-。3日後、手術を受けた。
いつになく弱気になった。「本当に、先は見えなかったんで。野球、またできるのかな…って。毎日、不安でした」。チームの元気印は、失意の中にいた。
リハビリ生活は「孤独」との戦いだった。「ケガをしていると、チームとは別行動。広いウエートルームで練習しているのは、自分ただ1人。ものすごく寂しかった。リハビリ組で『みんなで頑張るぞ』と話していても、いつの間にかみんなは先に復帰していく。そのとき、いつも自分は大ケガをしたんだなと感じてました」。
どん底を味わった。それでも、信じた道を真っすぐに生きる。「絶対、グラウンドに戻るんだ」。強く誓った。落ち込んでばかりいられない-。目線を上げ、背筋を伸ばした。涙を隠した夜は、何度もある。
「やっと、ここまで来たなって感じですね」
キャンプ最終盤の2月28日、復活の第1歩を踏み出した。2軍練習試合のJFE東日本戦(宮崎市清武)。8回に代打がコールされた。リハビリ生活の苦悩がよぎる。悪夢を見た打席に戻ってきた。こらえ切れない思いが、バットにも移る。「もう、怖さはないんです」。ライトに流し打ち。復帰即安打。恐怖にも打ち勝った。塁上でホッとした表情を浮かべる。もう、うつむいたりしない。
1つ壁を乗り越えた。「自分だけのことだけじゃないので…」。いつも応援してくれるファン、最善を尽くしてくれるトレーナー陣。そして…。リハビリ生活中、ずっと車いすを押してくれた愛妻のためにも。伏見はグラウンドに戻った。
「まだまだここから。1軍に復帰できるように、頑張るだけです」
夢追う男が、また歩み出した。スタートラインは何度だって引ける。【オリックス担当 真柴健】






