西武松坂大輔投手(41)が19日に現役最後のマウンドに登る。彼が18年から2年間在籍した中日時代に聞いた「懸念」が当たったのかといま思う。

3年間在籍したソフトバンクを退団した松坂は18年にテスト入団で中日のユニホームを着た。11試合に登板し、6勝4敗と活躍し、カムバック賞を受賞。華やかな1年だったが、体は悲鳴を上げていた。

当時のトレーナーは「彼はソフトバンクでの3年間ほとんど試合で投げてなかった。いまは投げられているが、その分の疲れが下半身から上半身へ上がってきているんだろうね」と、松坂の体をむしばむ疲労に複雑な表情をのぞかせていた。

同年5月13日の巨人戦(東京ドーム)では右ふくらはぎはりで3回途中降板。6月17日の西武戦(メットライフドーム)で、試合直前に背中の張りから登板を回避した。翌19年の春季キャンプでは右肩を痛めた。中日での最後の登板になった同年8月14日のウエスタン・リーグ、ソフトバンク戦(タマホーム筑後)。試合前に右肘に激痛が走った。ヒジに負担のかかるスライダーを封印して5回を投げきった。西武に移籍して首痛から手術。下半身から始まった疲労の終着点が現役引退の引き金になった。

中日に入団したとき松坂は「ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている」と話してきた。

数々の頂点とともに、選手としての終盤は多くの故障と挫折を刻んだ。誰よりも激しい振れ幅の選手生活だった。【中日担当=伊東大介】