プロ野球の歴史は、グラウンドにだけ刻まれるものではない。スタンドにだってある。現地観戦派のファン3人が語る、もう1つの「平成プロ野球史」。第2回は漫画家・渡辺保裕氏が球場グルメを語る。【取材・構成=秋山惣一郎】

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秋のナイターは寒いし、腹も減った。あったかいうどんでも食うか、と通路に出たら、売店の前は先頭が見えないほどの大行列。ありつけないまま、売り切れた。1989年(平元)10月19日。近鉄が9年ぶりの優勝をかけた、ロッテとのダブルヘッダー。伝説の「10・19」を現地で観戦した時の記憶です。

あのころは、球場で何か買って食べるという習慣はなかったように思います。そもそも、うどんやカレー、パック詰めの焼きそば、助六すしぐらいしか売ってなかったし、食べたい人は、おにぎりやお弁当を持ち込んでました。平成初めの球場には、商売っ気がありませんでしたね。

様子が変わり始めたのは、90年代初めでしょうか。88年の東京ドームに続き、プロ野球の本拠は、91年にグリーンスタジアム神戸、92年に千葉マリン、93年に福岡ドームと続々と新球場へ移転した。新球場移転を機に、球場で消費させようという試みが始まっていたのかもしれません。「食べたいな」と思わせる商品が、売店に並ぶようになっていました。

今では当たり前の選手弁当も、このころ千葉マリンで初めて見ました。伊良部秀輝投手の「伊良部弁当」、食べたかったのに売り切れ。悔しかったなぁ。タンクを背負った売り子が、冷えた生ビールを売り始めたのも90年代。ちなみに私は、銘柄より、泡を少なく、上手に注ぐ売り子を選んで買っています。

今や、球場外にも屋台が並び、グルメを楽しみに観戦に訪れるファンも少なくないでしょう。それほど球場グルメは充実しています。

3年前、出版社の編集者から「球場グルメを題材に漫画を描いてみないか」と誘われ、16年から、3食すべて球場で済ませるプロ野球ファンを主人公にした「球場三食(さじき)」を月刊アフタヌーン誌で連載しました。

取材で回った球場でおいしかったもの? きりがありません。

メットライフドームは、火が使えるドーム球場ならではの、本格的な窯焼きピザや「千石ホルモン串」など焼き物がうまい。「叙々苑カルビ弁当」、海鮮の「蟹工船」など東京ドームのお弁当は値は張るが、種類、質とも充実しています。有数のグルメ球場、甲子園の「ジャンボ焼鳥」。一昨年まであったタンドリーチキン味がおいしかったなぁ。

ほかにも千葉のまぐろメンチカツ、仙台のかまぼこをアメリカンドッグ風に揚げたひょうたんあげ、神宮のソーセージ盛り-。女性客を意識してか、各球場ともスイーツが充実してるし、流行のローストビーフ丼もいち早く売っていました。腹ぺこで伝説の試合を見ていたころとは、ずいぶん変わったものです。

でも、やっぱり、古い野球ファンの私は、少し寂しくもあります。例えば以前は、東京ドームの試合後は、JR水道橋駅周辺の居酒屋で「感想戦」を交わすのが楽しみでした。「あの場面で、あの采配はないよな」などと終電まで語り合ったものです。周囲のテーブルでもビール片手にああでもない、こうでもないと野球談議に花が咲いていました。今は、球場グルメでおなかいっぱい。そのまま帰る人も少なくないのでは? 球場外も含めた観戦文化が失われつつあるのかもしれません。どっちがいいか、ちょっと考えちゃいます。あ、球場グルメのメニューは毎年、変わるので、ご自身で確かめてみてください。

◆渡辺保裕(わたなべ・やすひろ)1967年(昭42)千葉県生まれ。「球場三食」(全4巻)などグルメや野球を題材にした漫画を手がける。ウェブコミック配信サイトで「高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁」連載中。熱烈な近鉄ファンだったが、今は「穏やかなプロ野球ファン」という。好きな球場グルメは1位・コロラドピザ(メットライフドーム)、2位・いてまえドッグ(京セラドーム大阪)、3位・ジャンボ焼鳥(甲子園)。

漫画家 渡辺保裕さん
漫画家 渡辺保裕さん