「お~ん」などという謎の間合いがある割には、新指揮官・岡田彰布はハッキリとモノを言うタイプだ。連日にわたって交わす虎番記者たちとの会話で、自身の構想は浮かび上がってきている。個人名が出ればその構想に入っているし、そうでなければ現状は厳しいということだ。

昨季のレギュラークラスを見て、ほとんど名前が出ないのは、ズバリ、糸原健斗だろう。前任者・矢野燿大のシーズンは二塁のスタメンが多かった。だが中野拓夢を遊撃から二塁にコンバートすると決めている岡田の脳裏に「二塁・糸原」のスタメンはない。

宜野座の守備練習を見ていてもそれは明確だ。シートノックの際、糸原は三塁の守備練習だけ。そしてサードは当然のように佐藤輝明を当て込んでいるので、糸原はその控えになる。選手の立場からすれば、これは「ピンチ」かもしれない。だが宜野座でOBら球団関係者と話すと、意外とも思える印象を持つ。まとめれば、こういうことだ。

「糸原レベルの打者が後ろに控えているのは相手にとってイヤなはず。代打は長打だけではない。右の原口文仁、左で糸原がベンチにいれば打線は分厚くなる」

糸原の強みは「実戦派」ということだ。バント、ヒットエンドランなど何でもできるし、簡単に三振しないという点ではチームの中で引けを取らない。ウイークポイントとすれば守備、あるいは走塁だろうが、ベンチにいれば、やはり心強い選手なのだ。

「監督から糸原の名前は出ませんね」。ヘッドコーチ・平田勝男にそう聞いた時のこと。「そんなん、何言ってんの。実戦が始まったら分かるよ。実戦だよ。まあ、見ててみ」。関係者と同様の見立てを平田もしているようだ。

先日、志願の坂道ダッシュをする糸原が大汗をかいているのを見て「あと10本行かんかい」とヤジを飛ばしてしまった。「いやいや! おかしいでしょ! (今年で)31歳ですよ!」。苦笑しながらそう返してきたその表情は何かを振り切ったかのように明るい。

中心選手の1人として期待されていた矢野時代から環境が変わったのは事実だ。ピンチかもしれない。だが「見とけよ」という闘志はこれまで以上に感じる。環境が彼をそのモードに入れたとするなら、これは新たな「チャンス」になるかも、だ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

シートノックで送球する阪神糸原(撮影・前田充)
シートノックで送球する阪神糸原(撮影・前田充)