おもしろい。ストレートを1球も使わずに抑えてしまった。


28日の福岡・タマホームスタジアム筑後。ウエスタン・リーグのソフトバンク戦。今季初登板の中日・松坂大輔が、変化球だけを使って打者6人を抑えた。2イニング20球を無安打、無四死球、3三振。3番・中村晃に投げたカットボール(137キロ)がこの日の最速だった。かつては156キロの直球を持ち、力で打者を圧倒していた「平成の怪物」。キャンプで負った右肩のケガからの復帰戦とはいえ、力みのない落ち着いたマウンドさばきに思わず「老練」という言葉が浮かんだ。今年で39歳。同世代の選手や、かつて名勝負を演じたマリナーズ・イチロー、巨人・上原浩治らが引退を決めても、松坂は現役の道を歩み続けている。


「いまの僕はボールの勢いで抑えるピッチャーじゃないので…。変化球を駆使して、勢いのないストレートをいかにうまく使うかを考えています」

 堂々というよりも、控えめに。喜びというよりも、安堵(あんど)。自嘲ともとれるような照れ笑いを浮かべながら、松坂が報道陣の質問に答えた。「ボールがもっと暴れるかと思ったんですけどね」。心配していた四死球はゼロ。コースを意識し、間合いや、打者のタイミングをずらすことに主眼を置いた。チェンジアップ(三森)、スライダー(中村)、チェンジアップ(コラス)と、3つの三振を奪った。繰り返すが、20球中ストレートは1球も、投げていない。


■試合前に足がつっても、慌てない


 体調が万全だったら、もう少し違った投球を見せられたかもしれない。この日、試合前のブルペンで足がつった。練習ではまったく起こらないのに、試合になるとなぜか足がつる。西武時代もたびたび悩まされていたが、あの頃は気迫と体力でカバーできていた。

「またか…。汗はきちんと出せたのにな。福岡は湿度が多いからかな」。慌てず、経験値という引き出しの中から、この日のテーマをチョイスした。自分の体調と対話できるようになったのは、去年1軍で11試合を投げたことが大きい。「転換期というか、うまくモデルチェンジしなきゃいけないので」。そこに意地やためらいはないと言い切る。


モデルチェンジ。言葉にするのは簡単だが、結果で示すことは楽じゃない。次の先発マウンドに立つために、試合後のコンディショニングにも十分な時間と工夫を注いでいる。「投げ終わったらストレッチをまずしっかりやる。試合翌日はウオーミングアップをしたあと、ランニング。体にハリがある日はバイクを1時間こいだりもします。キャッチボールは5、60メートルの距離を大きくゆったり投げます」。投げ終わった瞬間に、次への準備が始まっている。

気分転換を酒やたばこでできる性格ではない。体を動かすことがリフレッシュ法で、リハビリをした上で行ったゴルフを先日スクープされた。反省。そこは結果で信頼を取り返すしかない。5月中に復帰登板は果たせたが、まだ1軍で勝利したわけではなく、取材中は表情を緩ませることはなかった。「え、何でしたっけ?」と、質問を聞き返したときだけ、笑みがこぼれた(写真)。これがこの日に唯一見せた、松坂の素の顔だった。


■20歳年下のルーキー根尾が目に焼き付ける松坂の姿


「小学生のとき、第2回のWBCで松坂さんがMVPを取ったのをテレビで見ていました。いま同じチームになって、学ぶことばかりです」と話すのは、この日ショートを守ったルーキーの根尾昂だ。松坂とサインの確認をし、気持ちを込めたが2イニング中、打球は飛んでこなかった。「すぐ終わっちゃいましたね(笑)。バッターを圧倒していました!」。年の差は20歳。生きた教材を、輝く瞳に焼き付けた。


「137キロなんてものたりないですよ。でもこれが今の自分。力みなく、どの球も、同じ腕の振りで投げることができれば、速い球がなくても打者を惑わすことができる」。

プロ野球選手として、体力や感覚はエンディング期に入っているはずだ。輝かしい実績があればあるほど、人はイメージをその選手に重ねたくなる。しかし「抑える」ではなく「惑わす」。こんな松坂も味があって良いのではないか。「おじさんの希望」と言ったら、そこは本人に怒られるかもしれないが。【樫本ゆき】