志津川 000000302=5

東  北 01002301X=7

 その時、球場の空気が一変しました。

 志津川は7回表。敵失、右前のポテンヒットで無死一、二塁とし、6番三浦大が初球バントを内野安打にして無死満塁。続く敵失と安打で3得点を挙げます。9回表には1死から7番三浦雄が冷静に球を見極めて2-2から左前二塁打。単打と、敵失をからめて打者7人でさらに2点。終わってみれば、春の東北大会王者に5-7の善戦。0-6から終盤3回で5点を挙げた猛追に、試合終了後はスタンド全体から大きな拍手が起こりました。<悔しい。でもやり切った!>選手たちは、悔しさよりも充実感があふれる顔。勢いだけじゃない-。初戦はコールド勝ちをしている志津川。この追い上げの裏には「打倒私学」に燃えた志津川の、1年がかりの取り組みがあったのです。

 1月、選手たちは初体験となる、栗原市花山での2泊3日の雪山合宿を行いました。4回に分けた長時間ミーティングでは仙台育英の秋の試合をYouTube動画で分析。パワーでは圧倒的な差があることを感じ「機動力」で勝つ戦術を選択しました。「うちは50m6秒前半の選手が4人もいる。練習試合では3回以上は盗塁を仕掛け、失敗しても『攻めた結果』と受け止めようと話し合いました。2番打者が左打ちにスイッチにするなど、本気の改革が始まりました」(佐藤克行監督=38)。3月にも、初の関東遠征を行いました。松井康弘前部長(現佐沼=43)の母校、神奈川・向上などと5試合戦い、実力校の取り組みを観察。都立の雄・日野からはトレーニング術を学び、宮城に持ち帰って実践しました。

 そんな経験を重ねての夏。初戦の角田戦では1番佐藤貴が初球のフォークをレフト前に運び、主導権を握ったままコールド勝ち(9-1)。東北戦では、叩きつける打撃で9安打を打ちました。まさに、東北の速球投手に備えてネット通販で購入した「80cmバット」での練習の成果! 7回のバント安打は春からチームで準備していた「チャレンジバント」というオリジナルのセーフティバント。足の速い三浦大が秘技を披露しました。捕手の佐藤真は盗塁を2つ阻止。公式スコアから「東北は上位、下位の選手が走ってくる」と読み取り、強打の東北打線を分断したのです。

 東北を相手に、準備してきたことを存分に出し切った志津川。及川主将は「今日はずっとワクワク、ドキドキしていた。『悔しくない』とは言えないけれど、小学校からの幼馴染み10人で2年半やってきて、いろんな人に支えてもらい、ここまでやれたことが幸せでした」と目を潤ませた。2011年の津波で甚大な被害を受けた南三陸町で、唯一の高校野球部。グラウンドの半分が仮設住宅で占められる環境を言い分けにせず「逆に住民の人に1番近くで練習を応援してもらえた」と話した選手たち。毎試合、手を振って送り出してくれた住民の人たちに、そして自分自身に、胸を張って「僕らは頑張ったよ」と言える高校野球だったに違いありません。笑っちゃうほど本気だった「打倒私学」の夢。後輩が受け継ぎ、次こそジャイアントキリングを起こします。

【樫本ゆき】

 ◆樫本ゆき(かしもと・ゆき)1973年(昭48)2月9日、千葉県生まれ。94年日刊スポーツ出版社入社。編集記者として雑誌「輝け甲子園の星」、「プロ野球ai」に携わり99年よりフリー。九州、関東での取材活動を経て14年秋から宮城に転居。東北の高校野球の取材を行っている。