春夏連覇は堅いと思っていた大阪桐蔭が負けた。私はざわつく甲子園で、鳥肌がたつ思いで最後の場面に見入っていた。空振り三振。本当に負けてしまったと、脱力感に包まれた。

どうしても触れなければならないのが7回裏の三重殺になる。大阪桐蔭が1点リードの無死一、二塁。打者大前のカウントは2-0。打者有利、試合を決めにかかる局面だった。

ここで西谷監督は送りバントではなく、バントエンドランを選択した。送りバントは打球が転がってから走者はスタートする。打者はボールなら見送り、ストライクなら確実に転がす。飛球でも、帰塁する余裕があり併殺になりにくい。

バントエンドランは、エンドランと同じ考えで、次の投球で実行しなければならない。打者はボール球だったとしても、必ず転がすことが求められる。その代わり、走者は送りバントよりも早くスタートできる。転がりさえすればセーフの可能性は高く、守備の乱れもあり得る。

西谷監督はバントエンドランを選んだ。どうしても1死二、三塁にしたかったのだろうと推察した。このケースでの送りバントは三塁手に処理させるのが基本だが、三塁側に転がせない時、チャージしてくる一塁手や投手に処理され三塁封殺のリスクがある。それを避けるためのバントエンドランと想像した。

この回、先頭の海老根がヒット。続く田井の犠打を下関国際の2番手仲井がエラー。下関国際には最悪の無死一、二塁。失策した仲井は追い詰められている。かつ2ボール。3ボールには絶対にしたくない。どうしてもストライクがほしい。ストライクをバントエンドランさせる狙いだった。

3球目、仲井の投球は低めまっすぐ。捕手のミットはストライクゾーン。狙った低めではなく、低めに行ったボールに見えた。大前は低いボールに、しっかり転がすため、上から丁寧にバットを当てにいく。

しかし、ボールとも言えるギリギリの高さに、大前のバットはボールの下に入ってしまう。バントエンドランならではの「THIS BALL」の制約が重かった。確実に丁寧にいくあまり、バットコントロールを狂わせたのだろう。

ミスを挽回したい仲井の前に飛球。投手→二塁→一塁と渡り、一瞬にして三重殺が成立した。この衝撃は計り知れなかった。ただし、バントエンドランを選択した西谷監督の采配を、結果論からああだこうだと言う意図は毛頭ない。

プロ野球ではうかがい知ることができない、極限の状況での判断だ。一発勝負の真夏の甲子園、準々決勝の佳境で、西谷監督の判断は、どんな名将も批判できない。恐らくコントロールミスだった低めのボールが、幸運にも下関国際にほほ笑んだ。両チームに正反対の衝撃を与えるビッグプレーになった。

9回表、大阪桐蔭は2番手前田が苦境に立つ。連打で無死一、二塁。赤瀬、松本も基本に忠実に大振りせず、しっかり当てて内野の間を抜き出塁。そして、大阪桐蔭が三重殺となった同じ状況で、犠打を決めて1死二、三塁。

舞台は整った。大阪桐蔭は前進守備。つまり同点を許さず、1点差で逃げ切る狙いだった。選択肢はもうひとつあった。通常の陣形で同点まではオッケー。二塁走者の生還は許さない。それも考えられた。

セカンドもショートも前進守備で二塁ベースから離れる。二塁走者はより広くリードが取れるが、私には二塁走者松本のリードが小さいような気がした。もう少しリードを取ってもいいかな、そう思っていた矢先、賀谷の当たりが大きくバウンドしてマウンドを抜け、中前に転がった。

通常守備ならば、ショートかセカンドは届いた可能性はあっただろう。高くバウンドし、追いつくチャンスはあったかもしれない。これが、勝負の無情さだろう。投手は前田。必ず逃げ切ってみせると信じた前進守備を抜けて行く。打球が弾んだ分だけ、リードが少なかった二塁走者にもチャンスが広がる。ホームへ頭から滑り込み、試合をひっくり返した。

この試合ではこの2つの場面とは別に、驚いたシーンがあった。6回裏、1点を勝ち越しなおも走者を置いた場面で、4番丸山がとんでもないボール球を空振り三振。さらに8回裏1死二、三塁。2番谷口が三振、続けて3番松尾もこれまた大きく外れた外角球を空振り三振。

今までの大阪桐蔭の主軸にはなかった粗さだった。ボール球は振らない。この鉄則を、クリーンアップが見失い、我を忘れたかのようにボール球を追う。特に松尾は内角を何度も見せられたことで、外角の変化球がストライクに見えたのだろう。下関国際バッテリーの思惑が、8回裏の大ピンチで生きてくる。

逆に大阪桐蔭には、リードしていながら追い詰められていくさまがあった。あの空振りはチームメートにどう映ったか。浮足だっていく大阪桐蔭の心理が、痛いほど伝わってきた。

三重殺が成立し、私は8回表の下関国際の攻撃に、好機が来ると予想したが、3者凡退。ところが、三重殺の余波は大阪桐蔭の8回裏の好機で、連続空振り三振となって表れ、9回表の守備陣形、賀谷の高く弾んだ中前2点タイムリーとして、下関国際を後押しした。

6回以降、試合の主導権は目まぐるしく両チームの間を行ったり来たりした。そして終盤は、ほぼ下関国際側にあった。

バントエンドランを選択したから、もしくは9回表の前進守備を取ったからと、そこに敗因を求めるのは、結果論に基づく指摘に過ぎない。どうしても突き放したかった西谷監督の決断、前進守備での逃げ切りを選んだ道は、いずれも高校野球の指導者として勝利を模索した監督の戦う姿勢に感じる。

ギリギリの戦いの中で、強者大阪桐蔭の圧倒的なプレッシャーをはねのけた下関国際の選手の闘争心と、ひたむきさに敬意を払いたい。勝負のあやが何度も行き来する素晴らしい真剣勝負を、真夏に見させていただき、両校には心の底からの感謝とねぎらいの言葉を贈りたい。(日刊スポーツ評論家)