1泊2日の開発イベント「ジャイアンツハッカソン」は、4月9、10日の2日間で行われた。説明会から3週間ほど時間があり、この間、検討は自由だった。議論の幹は新聞社の強みと弱み。紆余(うよ)曲折を経て、当初と違うプランが浮かんできた。(敬称略)

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 日刊スポーツの編集局内には、野球部員が自由に使えるテーブルがある。記録担当の斎藤に、同じく記録の職人である伊藤。雑談の延長で案を持ち寄った。

 「野球ゲームアプリの開発」で満場一致だった。アメリカでは、MLB公認の「ファンタジーベースボール」というゲームが定着している。選手を選んで仮想チームを編成、活躍に応じたポイントを競う。参加者は全米で数百万人、市場規模は数千億円といわれる。

 今回のイベントは、データスタジアム社と巨人からデータの提供がある。日本版の「ファンタジーベースボール」は開発可、に思えた。初心者向けに勝敗と得点を予想するゲーム。上級者向けで、1球先の配球を予想するゲームも加えた。

 野球は「間」のスポーツといわれる。次は何が起こるか。予測しながら観戦する醍醐味(だいごみ)がある。予測の根拠はデータである。例えばサッカーには「シュート気味のクロス」など、解釈に曖昧さが存在する。野球の二塁打はどう切っても二塁打で、本塁打は本塁打。蓄積された野球のデータは信用に足りる。必要十分の3点セットと納得した…矢先だった。

 斎藤がつぶやいた。「逆側の発想ができないなぁ」。逆側? 「ユーザー側に立った発想。膨大なマスから、有効なものを取り上げ、提供する。“場”を提供することが、トレンドだと思う。おすすめレシピを紹介する『クックパッド』とか」。確かに、情報を集めて発信することを繰り返している我々は、一方通行の思考しか持ち合わせていない気がする。ゲームは抑えの抑え…が充満した。

 議論を進めた。共同開発するアプリコットの塩月研策社長(41)は、スマートフォンを活用した案をたくさん持ってきた。誰がお立ち台に上がるか投票できるアプリ、ビールの売り子や、空いているトイレの位置情報を教えるアプリ。婚活シートの申し込みなどなど。入り口のハードルが低く、どれも効果的に思えた。

 我々の持ち込んだゲーム案も「いいですねぇ」と乗り気だった。ひとしきり意見を交わし、少しの間を置いて「でも、日刊さんの強みを生かすのが一番いいのでは?」と言われた。日刊スポーツの強みって? 即答できない。塩月が「関連記事、過去記事とユーザーのマッチングはどうでしょう」と提案した。

 巨人関連の記事、写真、表などの情報は、すべて自社データベースに格納されている。90年以降の処理が終わっており、その数は現状で40万件ほど。今後はもちろん、過去にさかのぼっても蓄積されていく。「新聞社さんのデータベースは品質が高いです。検品作業が行われているし、たくさんの人の手が入っている。このビッグデータを使うのです」と手を動かした。

 「過去記事→人工知能<API(※1)、bot(※2)>→自動抽出」

 5万件を超すデータには精度が宿り、「ビッグデータ」と呼ぶに耐えうると言う。試合中、ユーザーが感じた疑問に対して、最適の関連情報をピックアップする。斎藤が「そこにビールやトイレの位置情報を加えていけば、コンシェルジュ(執事)サービスを提供できる」と上乗せする。「初音ミク(※3)の野球版か?」と一気に熱を帯びた。

 観戦のお供を開発する。方向は決まった。でも、何か足りない。逆側のニーズに応え切れているか? モヤモヤを抱え会場に入った。(つづく)【宮下敬至】

 ◆ハッカソン 「Hack(ハック)」と「Marathon(マラソン)」を合わせた造語。短期、集中的な共同作業でソフトウエアを開発する技術とアイデアを競い合うイベント。

 【注】※1はアプリケーションプログラミングインターフェースの略。プログラミングの際に使用できる命令、関数などの集合。一から開発することは困難だが、APIを利用すれば、その機能を利用した開発ができる。今回はIBM社のAPIを使用できた。

 ※2はロボットが語源。人間に代わって自動化プログラム作業を行う。今回は、botの頭脳として日刊スポーツのビッグデータを用いる発想。

 ※3は架空の電子アイドル。抑揚ある声、動きなど人間的な特徴を加えたことで、爆発的な人気を博した。