オーストリアの心理学者アドラーが、没後80年近くを経てクローズアップされている。関連本はここ数年、安定して書店の平積みをキープしている。3年前に発売された「嫌われる勇気」は今も売れ続け、100万部を突破した。
4257安打を放ったイチローの会見を聞いた。言い回しや表現がいつも独特で解釈が難しいが、アドラー心理学のフィルターに通せば、少しは分かるような気がした。
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アドラー すべての悩みは対人関係
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イチロー (メジャー)16年目なんですけど、アメリカに来て、途中チームメート、同じ仲間であっても、しんどかったことはたくさんあったんです。
アドラー 他者からの評価ばかり気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになる
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イチロー (ローズの批判に)そういう人がいた方が面白いし。大統領の予備選を見たって、そうじゃないですか。それが人間の心理じゃないですか。今回のことで言ったら、僕は冷めてましたね。冷めてるところがあったので、なんか変な感じはありましたよね。
アドラー 自由とは、他者から嫌われること
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イチロー 苦労は見せたくないでしょう。そんなん見せたいヤツ、誰がいる? 上原と野村さん以外いる? 自分で雑草とか言う人は見せたい人だから。
アドラー 自分の信じる最善の道を選ぶ
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イチロー ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなこと、という感じは全くしていない。
アドラー 劣等感はマイナスではなく、成長への欠乏感
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イチロー 子供のころから、人に笑われてきたことを常に達成してきた自負がある。笑われてきた悔しい歴史が、僕の中にはある。
アドラー 他者を仲間とみなし、自分の居場所があると感じる『共同体感覚』が大切。
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イチロー チームメートとして最高、とハッキリ言える“子たち”です。年齢差から言えば。本当に感謝しています。
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アドラーは、人の目や評価にビクビクして生きることを、実に気持ちよく否定している。窮屈な今の日本にマッチしているから受け入れられたのだと思う。ずいぶん自分本位な主張じゃないかと言えば、決してそうではない。弱さを認め、いつも周囲を思いやりながらも、芯を何よりも大切にして生きる。理論の大前提が胸に落ちる。
舛添要一都知事の話題にも触れていたが、イチローは、人に嫌われるように言葉を選んでいる…とすら聞こえる時がある。最多安打の論争も、アウト・オブ・眼中に聞こえた。その一方で、劣等感を認め、大きな力に変えている。仲間への感謝を口にする穏やかな顔も印象的だった。
アドラーの思考を目指そうにも、怠惰な私はこの先も届かないと思う(そんなに目指してもいない)。境地に至るまでにはすさまじい葛藤と努力があるはずで、乗り越えた人の心に翼が生え、ユートピアにたどり着くのだと思う。
アドラー心理学を実践している人間に、マリナーズでイチローとともにプレーした佐々木主浩氏がいる。(つづく)【宮下敬至】