さわやかな笑みを絶やさない183センチ84キロ、大型二塁手山田健太の傍らに、左翼手の宮崎仁斗は立った。170センチ、71キロ。フィジカルでは小柄な印象だが、質問を重ねていくうちに、体は小さくともどこまでも可能性を秘めるその頭脳と精神力に、話に吸い込まれて行った。

東京6大学リーグの立大野球部・智徳寮に、新1年生の2人が2日、入寮した。大阪桐蔭で昨夏、史上初となる2度目の春夏連覇を達成した二塁手山田と、左翼の宮崎だった。2人に印象に残る高校時代の試合を尋ねると、山田は昨夏の北大阪大会準決勝の履正社との試合を挙げた。この試合で山田は逆転の2点タイムリーを放っていた。

この試合、高校野球ファンならずとも、野球ファンならば大きなインパクトを抱いた試合だった。驚くべき結末は9回にあった。1点を追う先攻の大阪桐蔭は無死から走者を出し、ここから土壇場の反撃という勢いが出かけた直後。次打者の送りバントは併殺となる。

1点を追う最終回無死一塁が、2死走者なし。試合の流れは明確に履正社に流れた。ここで打席に入ったのが2番宮崎だった。宮崎は当時を思い出して振り返ってくれた。

宮崎 相手の投手も疲れていましたし、目いっぱいだったのは分かっていました。ここで自分が塁に出ることで、状況は変わると。打席に入るまではとても緊張していましたが、打席に入ったら冷静に考えることができました。

ストレート・ボール、ストレート・ボール。カウントはノーストライク2ボール。

宮崎 ここで次はカウントを取りに変化球が来ると感じ、変化球に狙いを絞っていました。でも、変化球はきたんですが、ワンバウンドするボール。それを振ってしまって…

宮崎がアウトになれば夏は終わる。それはどの球児にも同じ運命だが、大阪桐蔭は春夏連覇が懸かっていた。何より、3年の宮崎にとって、高校野球の終わりを意味する。最後までスイングして挑むのか、状況に応じて対処するのか。

宮崎 ワンバウンドを振ってしまってちょっと慌てましたが、すぐに冷静になれました。ここでしっかりボールを見て出塁できれば、後ろがいると。だから、もう1度気持ちを落ち着かせることができました。僕たちはいつも、シート打撃では2ストライクと追い込まれた状況をつくって、絶対に三振しないという想定でやってきました。だから、2ストライクを取られても簡単に終わらない、その気持ちでいました。

履正社の投手浜内も必死だった。その浜内の様子を見ながら、宮崎は続くボールに全神経を集中させて見る。ストレート・ボール(カウント3-1)。そして5球目もストレートがボールとなり、宮崎は出塁する。この四球を機に、浜内は4連続四球で押し出しを与えて同点。さらに山田が2点タイムリーを放ち、まさに九死に一生の3点を奪い、6-4として9回裏の履正社の攻撃を抑えた。

根尾(中日)藤原(ロッテ)はチームメートだ。彼らの能力の高さと、ひたむきに努力してきたことが、プロ入りを実現させた。彼らは野球ファンの注目を浴びる。同時に、プロではないが、ある種の修羅場で、冷静に試合を読めた170センチのキーマンは、大学4年間で何を学び、どこまで成長するのか非常に興味をそそられる。

野球においては、投手の球速や、打者の打率、本塁打数など、瞬発力と技術、才能に裏打ちされた「数字」がものを言う世界だ。その中で、宮崎が味わった極限の中での打席と、ギリギリの精神状態の中でつかんだ四球にこそ、勝負の分岐点が見える。

投手浜内の苦しむ姿と、自分が置かれている状況を頭の中で整理した宮崎の状況判断の力は見事といえる。誰しもが平常心を失うであろう状況で、確実に選球して、バットを止めた宮崎の野球センスは類いまれなものがある。

宮崎はそんな経験は、過ぎたこと、というスタンスで「今はまだ力が足りません。大学野球でどこまで力をつけられるか、必死にやりたい。出塁率と盗塁でアピールしたいです」と足元を見つめたコメントで入寮の日を締めた。

ちなみに「初めての東京での生活ではどこに行ってみたいか」と、稚拙な質問をしてみた。「スクランブル交差点に行ってみたいです」と言って笑った。野球と無縁の取るに足らない質問にも、こちらの思惑を見透かすように「字になる」答えをしてくれた。周りが見えている、そう感じるのは、記者だけではないと思う。【井上真】