日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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その人の姿は“師匠”と会話をしているように映った。ソフトバンク球団会長の王貞治が、熊本県人吉市で開催されている「川上哲治生誕100年記念」に訪れたときのことだ。

「打撃の神様」とあがめられた川上は、巨人監督として9年連続リーグ優勝、9年連続日本一を達成。来年が“100歳”にあたることから故郷でさまざまなイベントが行われている。

王はその会場で川上の軌跡を刻んだ年表を見つめながら「ぼくの野球人生の中でもっとも影響が大きかった人だからね」とつぶやいた。まるで言葉を交わしているかのように…。

「どうしても今の世の中は、川上さんタイプよりも長嶋さんタイプというのか、みんな通り過ぎてしまうんだよね。もっともっと川上さんはクローズアップされるべきでしょうね」

王は大リーグ記録を超え、日本プロ野球の歴史を塗り替える通算868本塁打を積み重ねた。川上が招聘(しょうへい)した打撃コーチ荒川博と血のにじむような特訓によって1本足打法は編み出される。

「教えられる側より、教えるほうが命懸けにならないといけませんよ」

言葉で表現するのはたやすいが、そこに師弟関係の絆が存在しなければ結実しなかっただろう。試合後に2時間、3時間…とバットを振り込むのも珍しくなかったという。

「教わるほうはあまりよく分からないんですよ。でも教えるほうは自分の通ってきた道でしょ。自分なりの反省点もあるわけです。だったら選手にそういう反省をさせないためにも考えさせることです」

現代ではどの業界でも指導の在り方が問われる。王ははざまで揺れる指導者の苦悩にも明解だった。

「川上さんの教えにもあったが、自分の型に染めるのを教えるというんじゃない。この選手の長所をどう引き伸ばし、本人に自覚させるか。それが教える人です。そこには演技も、忍耐も必要なんですよ」

巨人、ダイエー、ソフトバンクで監督として、現在は球団会長として、常勝球団に導くなど、揺るぎない自信を築いてきた。

「ぼくは選手としてもそうだったけど、監督としても川上さんの流れを受け継いできた。川上さんだったらどうしたかな? と思いにふけったことはよくありましたね」

前人未到の9連覇を成し遂げた奇跡の人。数々の川上語録が会場で披露されている。

「教える者は学ぶ者。監督は“組織と人”の心になって、自分の向上を常に意識しなければ務まらない」--。

世界の王は“神様”の金言にうなずくのだった。(敬称略)