試合後、マイクを持った僕の手は若干震えていた。 「YA-MAN選手!僕とオープンフィンガーで試合をしてください」

口が裂けても言えないことだった。しかし、僕はその言葉を腹の底から出していた。それは決して炎上やエンタメを狙った発言ではない。本気で相対してみたいと思う選手が彼だったのだ。

6月24日。後楽園ホールで行われたRISE159でプロ2戦目を戦い、YO UEDA選手(49=TARGET SHIBUYA)に2回51秒でKO勝利をおさめた。僕は「自分の人生のジャイアントキリング」をテーマにしている。今回は挑戦者である自分が対戦相手に指名を受け、挑戦を受ける形になってしまった。

正直、どんな思いでこの試合に挑めばいいのかわからないという葛藤はあった。しかし、ふと思い直せば、自分が本気で歩んだ道だからこそ、新たな誰かの挑戦が生まれ、それを僕が受けるのは当然なのではないかと考えるようになった。

RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAと戦う安彦考真(左) 
RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAと戦う安彦考真(左) 

40歳でJリーガーになった時も沢山の批判はあったが、それでも新たな風をJリーグに吹き込むませることができたのは事実だと思っている。もちろん、水戸ホーリーホックやYSCC横浜というクラブが受け入れてくれたからこそのJリーガーではあるが、そこに僕の本気がなければ絶対にJリーガーになることなんてできなかった。

今回の挑戦も同様に、RISEという舞台があり、伊藤代表や関係者の方々、そして小比類巻道場の小比類巻会長とマネジャーの実香さんの尽力がなければそもそもプロデビューなどできていない。しかし、僕がもしにぎやかしでイロモノ的な振る舞いであれば、挑戦は最初の1回で終わっていたはずだ。

僕は至って本気だった。デビュー戦でオープンフィンガーという未知数で恐怖しかない試合に挑んだのも「俺はガチ」ということをわかってもらいたかったからだ。その結果、今回の挑戦者が現れ、相手の49歳でリングデビューということにつながっている。これも僕がいなければなかったことかもしれない。

ここに僕は大きな可能性を感じた。誰かが自分の中の常識をぶち破れば、そこに道ができるということ。日本という国は「前例」が大好きだから前例のないことはやれない。それはお役所やお堅い人たちが、ということではなく、実は全員の心の中に入り込んでいる「当たり前」なんだ。世の中の停滞感も足を引っ張る悲壮感あふれる社会も、実は全て自分の中にある「当たり前」がそうさせている。

RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAに勝利した安彦考真(中央)
RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAに勝利した安彦考真(中央)

僕はそれをぶち破る男であり、それが挑戦者の本来の意味だ。挑戦者は結果を求めない。挑戦者は笑われる勇気がある。Jリーガーになると言った時も、格闘家になると言った時も、世の中は「アビコを笑った」。全力でばかにして、誹謗(ひぼう)中傷の的にした。それが今は少しずつなくなってきて称賛の方が増えてきたかもしれない。

これではダメだ。僕は笑われてなんぼだ。王道は歩まない。そこに「アビコの道」はない。YA-MAN選手には1ミリもメリットのない挑戦状だが、これはこの先何十年とオッサンと凡人の間で語り継がれる戦いになると確信している。

実現できる、できないではない。YA-MAN選手という存在は、僕が挑戦の方向として目指すのに最高の「目標点」だと思っている。僕が「戦う意味」を感じることができる、その舞台の最高の目標だ。誰もが世の中や自分の将来に不安や恐怖を持っている。そりゃそうだ。人間は不完全な生き物だから。誰だって怖い。だからこそ、僕は戦うことでその生きざまがどこかで誰かの勇気になると思っている。

僕らが二の足を踏むのは自分の中にある「当たり前」だ。この「当たり前」を飛び越えてこそ、本来見たい将来が見えてくる。それを何の打算もなくやっている僕を見てもらいたい。その背中から感じ取り、明日への活力にしてもらいたい。

人生の豊かさは決断の数で決まる。生まれながらにして自分の名前すら決められている僕らが、唯一決められるのは自分の人生だ。自分で思うように生きていい。考えすぎてちゅうちょすれば、どんどんその熱量は冷めていってしまう。熱量はガソリンだ。燃やしているその瞬間こそ走るべきなんだ。

地図を手元に置いてからではなく、迷ってから検索すればいい。動き出せば、気がつけば「当たり前」から解放され、自分の人生に地図なんてないんだということがわかる。世の中には、地図に載っていない場所があれば、検索しても出てこないところもある。まさに自分の人生は検索にかけられない。自分の中の「当たり前」を飛び越え、自分の人生のジャイアントキリングを起こそう。その精神こそが自分らしく、自分の思うように人生を旅する大きな手段なんだ。

起こせ!人生のジャイアントキリング!

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューし、同大会4連勝中。22年2月16日にRISEでプロデビュー。6月24日のRISE159勝利し、プロ2連勝とした。175センチ、74キロ。