「だって、誰がチャンピオンか分からないでしょ!!!」

 最近、かなり良いなと思った言葉だ。


 具志堅用高氏、その不滅が近年あらためて意識される世界戦13度防衛の日本記録保持者で、方々のバラエティー番組を中心に意表を突いたパンチならぬ言動と距離感の詰め方、なにより昔は虫が死んでいたこともあったと聞くトレードマークのアフロヘアは、そのボリュームを多少少なくしてもいまだに象徴的で、おそらく日本人が最も知っている日本人ボクサーかもしれない。

 その人が文字通り大きな声を上げたので、「!!!」と感嘆符を3度も重ねてしまったが、おそらくその場に居合わせた人なら、テレビ番組で見せる姿とは一線を画す大まじめな正論に、この3度「!」も納得してくれるのではないか。10月23日、都内のホテルの一室で、前夜にWBC世界フライ級の初防衛に成功した比嘉大吾、同じ沖縄県生まれ、白井・具志堅スポーツジムの愛弟子が喜びの一夜明け会見を行った時だった。

 思い返せば、この会見、具志堅会長はなにやら鬱憤(うっぷん)があるようだった。比嘉が試合の前日計量をクリアした後の目を離した隙に、最初の食事でみそ汁を流し込んでしまって、体重を戻すために肝心の炭水化物や肉などがスムーズに胃に入らずに試合前の発汗に支障をきたしたことを「聞いたことがないよ!」と叱責(しっせき)し、「赤だしっていうのは塩辛くて飲めたもんじゃないねえ」と笑いが起こる救いのジャブで和ましながらも、「次は変えないといけない」と口ひげをへの字に曲げる姿もあった。察するにその厳しい眼光は、比嘉自身に足りないもの、そして比嘉を取り巻く環境に足りないものを痛感したからだったと思う。

 「どこも(比嘉の)1面がないねえ」。そうスポーツ紙の前日20日の試合の報じ方に落胆の色を隠さなかった。前夜のトリプル世界戦のメインカードはWBA世界ミドル級タイトルマッチで、ロンドン五輪金メダリストの村田諒太がアッサン・エンダムへのリベンジに成功し、ついに世界ベルトをつかんだ一戦。比嘉はセミファイナルで、1面は村田一色になるのは当然と思われたが、具志堅会長の「1面~」口調に一切の冗談のトーンはなかった。いたって大まじめだった。それ以降に発した言葉。「大吾より(自分の愛犬の)グスマンの方がまだ有名だよ」「昔は90日で試合をしたもんだよ。半年も間が空いたら忘れられてちゃう」。一貫していたのは知名度への敏感さ。「1面」もしかり。14戦連続KO勝利で初防衛戦まで飾った22歳の愛弟子の世間的な認知度はいかほど。疑問符が付きまくっていたのだ。そして、いよいよ、その矛先が比嘉にとどまらない現状に打ち込まれたのが、冒頭の言葉だった。


 「だって、誰がチャンピオンか分からないでしょ!!!」

 あらためて、良い。つまり「いまは4団体もあるでしょ。どんな階級にどんなチャンピオンがいるかファンもわからないよ」なのだ。具志堅会長が現役時はWBAとWBCの2つ。いまはIBFとWBOも日本ボクシングコミッション(JBC)から認定されている。フライ級ではWBAが井岡一翔、WBCが比嘉、IBFがニエテス、WBOが木村翔。4団体中3王者が日本人。最軽量級のミニマム級からフライ級まで合計12人の王者のうちで見ても8人を占める。これはもちろん実力の高さもあるが、世界的な選手層の薄さも1つの要因でもある。そして何より、王者が多すぎることは、具志堅会長の鋭い指摘通り、「誰がチャンピオンか分からない」状況を生んでいることも事実だ。試合前から、WBA王者の井岡一翔の名前を挙げてターゲットと明言することにちゅうちょはなかった。これはパフォーマンスではなく、具志堅会長なりの危機感の現れだったのだと思う。愛弟子にとってはリスクがある相手だし、統一戦の盛り上がりに比例して失うものだって大きい。しかし、王者は知名度あってこそ。それは30年以上前に日本を熱狂の渦に巻き込み、いまも抜群の知名度を誇るボクサーの体感だろうし、誇りでもあると見えた。抜群にすてきだ。

 いまボクシングファン以外の人に日本人の現役世界王者の名前を聞いたら、11人のうち何人まで答えが出るか、考える。きっと多くないだろう。それは4団体認定の実情だろうし、どうしても情報量は拡散されるのだから、致し方ない。ではその中でチャンピオンたちはどうすればいいのか。当然、勝ち続けることが大前提。それも忘れられないペースで。そして、他の日本人の「ライバル」たちを倒していくことが一番ではなかろうか。

 「高校の伝統は?」と聞かれ、「ナショナルです」と電灯のメーカーを答える具志堅会長は最高だと思う。ただ、ボクシングについて急所を一言で打ち抜くような発言も最高だ。次戦に沖縄凱旋(がいせん)試合もぶち上げたのも、いかに注目されるかを熟考するからだろう。予期しない変化球とド直球。その振り幅の大きさを目の当たりにしながら、比嘉がどう誰もが知る「チャンピオン」になっていくのか。また「!!!」と書きたくなるような言葉が飛び出したら伝えていきたいし、待っています。【阿部健吾】