ロサンゼルス郊外で井岡一翔の復帰戦を見て、成田空港に帰国した。税関チェックで、若い検査官のお兄ちゃんに物言いをつけられた。「あの~お客様の荷物なんですが、麻薬犬が興味を示してまして…」

麻薬犬?

「それでですね、別室でチェックさせていただけませんか?」。そりゃあ、嫌とは言えんがな。先輩とおぼしき中年男性の係員も出てきて、3人で別室へ。キャリーバッグを開けて、さあどうぞと見てもらう。パンパンに膨らんだ袋が気になるようで「それ、洗濯物ですよ。洗ってませんから。すみませんね」。当然何も出てこず、無罪放免。私がTシャツに半ズボン姿やったんで怪しまれた気がするけど、麻薬犬て。おったか? そんな犬。

人間、間違ったことをしてなければ、堂々とできるもんです。

9月8日の井岡はどうやったか。昨年大みそかの引退表明で「ボクシングに未練はない」「3階級制覇した時点で(引退を)考えていた」と言いながら、2月に渡米して「SUPERFLY2を見て、米国の空気、雰囲気を感じて」リングに戻ってきた。おいおい話が違うがな、と思った。引退表明から2カ月ちょっとでしょ? 大みそかに語ってた「新しいビジョン」は結局、米国での復帰やったんちゃうの? 整合性の取れんカムバック-。少なくとも、井岡陣営、井岡に近い関係者以外はみんな、ファンも含めてそう感じたはずやし、本人にも気まずさのようなものがあったんちゃうかと思います。

ところが、アローヨ戦は圧巻でした。最初から左をバシバシ打つ。先にジャブ、ボディーを出し、下がることなく、前に出続ける。3ラウンド、きれいなワンツーで奪ったダウンはカウンター気味やったけど、偶然ではなく必然の出来事やったと思います。あんなに激しく、攻撃的な井岡を初めて見ました。

「本当にいっぱいいっぱいでした。余裕がなかった」。スーパーフライ級の試合、米国の試合はともに初めて。その緊張感はあったでしょう。しかし、それ以上に彼を追い込んでいたのは、不可思議な引退表明に終止符を打たんとあかんっちゅうプレッシャーやったんやないでしょうか。

復帰戦の完勝で全部とは言えんまでも、井岡一翔のボクサー人生はほぼリセットされ、新たなストーリーが始まったと思う。決意、意地を拳で語ったととらえましょう。次戦からはきっと、より純粋なボクサー井岡一翔が期待できる。そう思うようにしましょう。【加藤裕一】