約1カ月前に幕を閉じた大相撲春場所。新型コロナウイルスの感染者が1人でも出たら即中止という条件下で、史上初の無観客で開催された。声援がなく静まり返った会場や、日本相撲協会から通達された外出禁止令などに戸惑いの声は多く集まった。そんな中、十両の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が柔軟に対応しつつ、悲願の幕内復帰に大きく近づいた。

「今回はジムに行ってないよ」。ある日の取組を終え、静まり返った会場内に設置されたミックスゾーンで照ノ富士が言った。場所前はもちろん、場所中でもトレーニングジムに行くほどの筋トレ好き。しかし「鉄にウイルスが集まりやすいらしい」と知人から伝え聞き、ジムに行くのを自粛したという。これまでの場所に比べると「体にハリがないね」と物足りなさを実感。しかし、筋肉がつきすぎてないからこそ「体に柔らかさが出た。相手の力を吸収する感じ」とプラスの効果を手にしていた。

では静まり返った土俵上をどう感じていたのか。15日間を通して、毎日のように他の場所との違いを聞いたが「変わらない」と不変だった。理由は「時間いっぱいになったらいつも気合が入りすぎて頭が真っ白になる。だからいつもと変わらない」。さらっと言えるのは本心だからこそ。目の前の一番に集中できる気持ちの強さを、異常事態の場所でも発揮した。

1月の初場所で十両優勝を果たし、春場所は東十両3枚目で臨んだ。結果は10勝5敗。大関経験者なら当たり前、という声も聞こえてきそうだが、両膝の負傷や内臓疾患からの復活は容易なものではなかったはず。そんな照ノ富士をここまで支えたのが、気持ちの強さと大好物の筋トレだった。春場所では筋トレ封印を余儀なくされたが、神経質になることなく強心臓で結果を出した。

千秋楽の取組を終え「これで幕内いけるかな」とポツリ。「番付は生き物」と言われるだけに確実とは言えないが、目の前にあるのは間違いなさそうだ。2週間延期となった夏場所(5月24日初日、東京・両国国技館)の先行きは不透明だが、照ノ富士ならどんな場でも実力を発揮できるはずだ。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)