日本ボクシング史に残る究極の一戦が迫った。WBA・IBF世界バンタム級王者井上尚弥には、階級最強を決めるトーナメントを制するためにサポートしてきた人たちがいる。肉体、食事、ヘアカット。井上尚が信頼を置くスペシャリストたちが見たプロ魂を3回にわたって連載する。

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15年末から井上尚らの専属フィジカルトレーナーに就任した高村淳也氏(45)による指導は、独特な方法で進められる。メニューは開始直前に1つずつ通達される。何が最後の練習なのかも知らされないまま、井上尚はWBC王座統一戦に臨む弟拓真、いとこの日本スーパーライト級王者の浩樹と3人で黙々と取り組む。試合に向けた2度の強化合宿や週2回のフィジカルトレは常に“終わりの見えない”状況で続けられてきた。

井上尚が体力強化とともに「メンタル強化、試合に向けて自信がつく」と言う手法について、高村氏は「表情を見ながら駆け引きしながらやります」と解説する。ボクシングのような対人競技は相手次第で展開が変わる。求められるのは対応力。同氏は「終わりと思った時、あと1回あると言われたその次の気持ちが大切。スイッチして挑めるかが重要」と明かす。

井上尚には目を見張る対応力があるという。同氏は「1つ助言すれば7~10は考えているのが分かります。1つ改善点を指摘すれば1~3週間ほどで完璧に修正します。そこがずば抜けています。とにかく頭の回転が速い。体の動きも神経の伝達なので、それがリングでも反映していると思います」と分析する。

高村氏はテニス、ゴルフ、ラグビー、スケートなど数多くの競技を経験している。特にスピードスケートは五輪銅メダリストで現五輪相の橋本聖子氏の指導を受け「選手を指導するようになり、あの経験が生かされていることが分かる」。そんな同氏は、井上尚をこう表現する。「力の出す時のタイミングがモンスター」。4年目を迎えた高村氏の異色なフィジカルトレで磨きをかけてきた井上尚の瞬時の対応力が、WBSS制覇に欠かせないバックボーンになりそうだ。【藤中栄二】