元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。第2回は、ボクシング担当記者が見た激闘王の裏にある一面、貪欲さについてです。

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ボクシングジムには似つかわしくないものが、窓の桟に置かれていた。八重樫の引退試合となった昨年12月の世界戦。その試合を控え、練習をのぞきに行った時に発見した。お手玉だった。「ボクが持ってきました。若い選手もやってみればと思って」と話した。

試合前は家族と離れ、マンションで単身生活が恒例だった。練習、試合に集中するため。この時は部屋で暇な時間にテレビを横目に、お手玉で遊んでいたという。知り合いのインストラクターから教わり、今回採り入れた真剣なトレーニングの1つだった。

右半身は言語や思考の論理の左脳、左半身はイメージや芸術感覚の右脳がつかさどる。現代は左脳中心の社会でバランスが崩れがちで、両手を使えば右脳の刺激になる。さらに右脳は空間を認知し、ボクシングに重要な距離感につながる。ボクシングに通じるならと取り組み、後輩にも勧めることになった。

大橋会長は「中身の濃い15年間で、教えられることも多かった」と振り返った。「いろんな方法を採り入れ、日本で一番知識がある。科学的研究に熱心で、3階級制覇にもつながった」。激闘王の裏にある一面を高く評価していた。

練習後よりも練習前の取材が多かった。普通はシューズを履き、バンデージを巻くと練習に入る。八重樫はプロテインやさまざまなサプリを飲むので、その合間にも話を聞くことができた。サプリメントは何十種類も使ってきたと聞いた。

昔はロードワークとジムワークが練習だった。今はフィジカルトレーニングが必須で、体幹などの強化に不可欠だ。八重樫は拓大の先輩内山と同じコーチに指導を受けていた。それに満足できず、他ジムの階段トレにも積極参加。刺激を求めてフィジカルコーチを替えたこともある。ボクシングのためなら、できることは何でもやる。実に貪欲だった。

世界初挑戦のアゴ骨折に始まり、ケガも多かった。左肩を痛めてパンチを打てずにぶっつけ本番。酸素カプセルに入っていて急性胃炎で救急搬送されたことも。数々の苦難もあらゆる手を尽くして乗り越え、ボクサーとして人として成長してきた。それが「ボクシングは人生を豊かにしてくれた」の言葉となった。

最後の試合翌日も、八重樫はいつも通りジムに行った。あいさつで終わらず、体を動かしてから帰ったそうだ。練習の虫でもある。どんな八重樫2世を育てるか楽しみだ。【河合香】