日本絡みの世界戦は昨年4試合、今年は7試合しか開催されていない。国内開催は4試合で、2試合はWBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔(32=志成)。2試合こなしたのはWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)と2人だけ。日本ファンには貴重な井岡のV3戦を振り返る。

井岡は海外進出、統一戦のビッグマッチを目指して復帰した。生き残ったと言える大苦戦だった。初回にロドリゲスの左をきれいに顔面にもらった。2、3回にも。過去ダウンは2度だけと、防御のいい技術力ある井岡には珍しい。

中盤ジャブをつき、得意のカウンターも決め、ペースを握ったかに見えた。初回からボディーを繰り出した。これで徐々に相手の足が止まったように見えたが、また攻勢に転じてきた。この圧力に受けに回り、攻め込めない展開になった。

過去28戦で外国人相手は24戦で、9カ国の選手と戦った。アマ時代含めて経験豊富だが、メキシコ人とは3戦目。12年にWBAライトフライ級王座獲得で2階級制覇達成以来、9年ぶりだった。

メキシコ人は独特のリズムで知られる。井岡も「間合いの空気感、呼吸が極端に違う」と振り返っていた。前回から米国でのスパーリング・キャンプに行けず、パートナーは格下の日本人。いつもなら仮想のメキシコ人や強者と実戦を積めた。この影響が大きかったのではと思う。

ジャッジの採点は3人とも116-112だった。挑戦者はレフェリー含めて全員日本勢に不満を口にしたが、コロナ禍では致し方ない。中盤で井岡ペースもロドリゲスはリードと読んで休んでいるように見えた。挑戦者として攻め続けるべきだった。

ジャッジ3人が一致は5回と、甲乙つけがたいラウンド続き。明確に差がついたラウンドは少なかった。全体的にいい勝負、互角の戦いだったと言えるだろう。他紙で元世界王者2人が引き分けと採点し、記者も同じだった。

国内の世界戦で初の無観客が影響したかもしれない。採点は公平が当たり前だが、クリーンヒットに歓声が湧けば、影響を受けかねない。逆に影響を受けまいとすることも。無音での採点。互角なラウンドで一層迷うのも無理はない。それが7回が採点不一致に表れたとも言えるかもしれない。

報道陣も場内に入れず、別アリーナでテレビ観戦だった。画面を見ながら失笑場面がしばしばあった。4回終了でテレビ解説の内山高志氏はイーブン。内藤大助氏は「ボクも一緒」と言ったが、画面では初回は10-10で井岡の1ポイントリードだった。

内藤氏は中盤で「形勢が変わった」と言い、「怖い!怖い!怖い!」と連呼することも。採点を聞かれた内山氏は「ホント難しい」。10回終了時で内藤氏の1回は井岡が10-9に変わり、内山氏とも井岡が2ポイントリードとなっていた。

解説者の心情を察するものはある。92年のWBA世界スーパーフライ級王座決定戦。鬼塚が3-0判定で王座奪取も「疑惑の判定」と大騒動になった。解説者の具志堅用高氏は最終12回前に「鬼塚が1ポイント負け」と言い、勝利に「宝くじに当たったような勝ち。一生に1度のラッキー」とコメントした。

本紙評論家でもあった白井義男氏も「よくて引き分け」と評した。他の元世界王者も大半が鬼塚負けと採点したが、V1戦で2人は解説から外れていた。今回は疑惑と言うほどではなかったが、日本びいきになる心情はよく分かる。

モヤモヤの試合の中で唯一スカッとすることがあった。東京五輪金メダリスト入江聖奈がテレビのゲストでリングサイドに座った。カエル好きな陽気な女子大生と思っていたが、コメントが実に明快で的確でびっくり。プロ初観戦とも思えなかった。

序盤は「ロドリゲス選手に勢いがある。アッパーの角度が怖い」。試合後は「ヒヤッとした場面もあったが、井岡選手の顔がきれい。芯に食わない防御、連打には頭を振って、要所での高等テクニックがすごい」とフォローした。

「下がって合わせるアッパー、逆ワンツーとか吸収できた」と技術論も口にした。「アマは3回もプロは12回。終盤3回でテンポ上がったのは信じられない。プロのすごさが生で伝わってきた」。女子ボクシングに野球評論家が失言したテレビ局の中継にも、憎いコメントだった。

すでに大学で引退を表明もプロ入りを問われると「男なら心変わりしたかも」と見事な返し。パリ五輪で連続金狙いには「興奮するだろうけど、たやすいものではないので」と冷静。「もう少ししゃべりたかった。うずうずしていた」。最後も入江節で締めたのは見事で、「勝者は入江!」と言える試合だった。【河合香】