急死したノアの三沢光晴さん(享年46)は、3年前から体調不良を訴えていた。高校時代からの親友で、現在は千葉県レスリング協会の理事を務める佐藤秀男さん(46=会社員)が15日、日刊スポーツに明かした。40代半ばに差し掛かるころから「とにかくバテる」と話す一方で「試合に出ないと集客に影響する」と看板選手としての苦悩も吐露していたという。昨年末からは首の違和感を気にするしぐさが顕著になり、今年2月に都内で会った際には、佐藤さんが首の精密検査を勧めていた。

 ノアの社長で看板選手という責任を背負い続けた三沢さんも、親友には本音を漏らしていた。3カ月に1度は一緒に食事をしていたという佐藤さんが、異変を感じ始めたのは「3年ぐらい前」だという。頻繁に首をさすりながら気にするようになった。そして「疲れが取れるのに3日はかかる。血液の循環が悪いんだろうな。10分か20分のスパーリングでも、とにかく疲れる」と話していたという。

 昨年秋に掘りごたつの居酒屋で飲んだ後には、ひざの痛みで1人で立つこともできず、付け人の肩を借りた。同12月には「とにかく首とひざが痛いんだ」と訴えたという。このころから飲み始めて1時間後には目の下に大きなくまができるようになった。佐藤さんは「くまの下は血の気が引いたように真っ白でおかしかった」と体中に異変が起きていたのではと推測する。

 2人が知り合ったのは、三沢さんが足利工大付高(栃木)レスリング部3年の夏。ともに19歳以下の世界大会に出場。八千代松陰高(千葉)の佐藤さんとは、米コロラド州での大会中に一緒の家にホームステイし、親しくなった。そんな2人が最後に会ったのは今年2月。佐藤さんが甲状腺がんにかかり、三沢さんが都内の病院を訪れた。のどに腫瘍(しゅよう)ができた佐藤さんは「三沢もレントゲン(エックス線)を撮ったり、のどの精密検査をした方がいいぞ」と勧めていた。三沢さんも「確かにな」と応じていたという。

 そんな体でも試合に出続けなければならなかったようだ。約2年前、リング上の三沢さんの動きが悪くなったことに気づいた佐藤さんが「このまま現役を続けるのか」と質問した。すると「おれが出ないとお客がこない。会社がつぶれてしまう」とこぼしたという。もしかしたら誰よりも三沢さん自身が、体の異変に気づいていたのかもしれない。【高田文太】