八角部屋コンビが2敗を守った。東前頭12枚目の隠岐の海(32=八角)は西前頭6枚目の栃ノ心に上手を引かれながらも、逆転の下手投げ。15年名古屋場所以来2年ぶりに11勝目を挙げた。同部屋で弟弟子の平幕北勝富士(25)も関脇嘉風を寄り切り、こちらは自己最多の11勝。辛くも1敗を守った横綱白鵬を1差で追走する。

 頭に浮かんだ言葉は「もうやられた」。怪力の栃ノ心に両まわしを許した。確かに万事休すだった。だが、今場所の隠岐の海はここからが違う。寄られながらも体をねじり、右からこん身の下手投げを放った。逆転の11勝目。「これが勝っている人のアレなんでしょうね」と思わず笑った。

 十両転落までわずか1枚半しかない西前頭14枚目で取った先場所。最後に勝ち越した千秋楽の日に師匠の八角理事長(元横綱北勝海)に聞かれた。「お前、下(十両)で取りたいか」。その言葉に背筋が凍った。引退という現実が突然、目の前に迫ってきた。「落ちたら次はないと思った。焦りが、やっと出た」。「稽古をしない」などと言われてばかりの関脇経験者が、初めて“本気”になった。

 秋巡業では「お願いします。ジムに連れて行ってください」と、トレーニング理論をよく知る豪風に頭を下げた。巡業地に着くと真っ先に飲み屋に向いた足をジムへと変えて、3日に1度は通った。福岡入り後も続けた。ベンチプレスは当初から70キロもアップした。それでいて「心が楽になるように」と、好きな酒を断ったわけでもない。体をつくり、ストレスはつくらない。変化した体と不変の心で、11個の白星を重ねた。

 取組後、出番前の北勝富士に笑いかけた。「おれは勝ったぞ。お前も勝てよ」の意。優勝への意欲を「全面的に出していきます。隙あらば」と隠さない。面白い男が、白鵬に重圧をかけている。【今村健人】