他人には分からない思いを胸に、2人は土俵に上がった。元横綱日馬富士関に暴行された貴ノ岩が、元大関を破って十両残留を確実にした。昨年10月25日夜、巡業先の鳥取市内で発生した傷害事件の現場となった酒席に同席した照ノ富士が相手だった。いつもなら激しくぶつかる照ノ富士に肩をつかまれ、距離を取ってけん制。普段とは違う空気が流れた。最後は貴ノ岩が相手の左腕をたぐり、体勢を崩して押し出した。

 複雑な胸中を吐露したのは、照ノ富士だった。支度部屋で自ら切り出した。「いろいろなことを考えすぎた。相撲界に入って一番、嫌な相撲だった。土俵に上がるまでは、そうでもなかったけど、土俵に上がった瞬間から」。同じモンゴル出身で先輩の貴ノ岩、責任を取って引退した部屋の兄弟子の横綱日馬富士(当時)、事件当時の記憶。「相撲のことを考えているどころじゃなかった」。その通りの相撲内容だった。

 貴ノ岩は負傷の影響で2場所連続全休、照ノ富士も左膝の負傷などで途中休場が続き、2人そろって今場所は十両に陥落。直近の対戦は1年前の春場所で当時大関だった照ノ富士が平幕の貴ノ岩を下したが、今回は貴ノ岩に軍配が上がった。土俵上での気持ちを問われた貴ノ岩は、何かを言いたそうにしたが「そうですね」とだけつぶやいた。「最後、思い切りやって終わりたい」。それだけを口にして帰りの車に乗り込んだ。