新型コロナウイルスの変異種デルタ株の感染拡大が止まらないアメリカでは、一部地域や企業で新型コロナのワクチン接種を義務化する動きが加速しています。ニューヨーク市は16日から飲食店での店内飲食や映画館、劇場、スポーツジムなど屋内の公共施設でワクチン接種証明の提示を義務化し、最低1回の接種が求められるようになりました。

ロサンゼルスやサンフランシスコでも同様の法案が検討されていますが、音楽業界でもコンサートやイベントなどの出演者と観客に対してワクチン接種を義務化する動きが広まっています。

カリフォルニア州ビバリーヒルズに本社を置く、コンサートや音楽イベントを主催する世界最大規模のライブ・エンターテインメント企業「ライブ・ネイション」は、10月4日以降に同社が運営するコンサートやイベントに関して、出演者とスタッフ、観客に対してワクチン接種証明か検査での陰性証明書の提示を義務付ける方針を発表。「コンサートを再開させるにはワクチンがチケットになる」とし、全出演者とスタッフ、観客にワクチン接種を求めています。ライブ・ネイションは、先月末にシカゴで開催された10万人規模のフェス「ロラパルーザ」でも出演者と観客にワクチン接種か陰性証明の提示を求めており、参加者の9割以上がワクチンを接種していたと発表しています。

エリック・クラプトン(2006年11月撮影)
エリック・クラプトン(2006年11月撮影)

感染拡大を食い止めながら出演者と観客の安全を守るにはワクチン義務化は避けては通れないというのがその理由ですが、エリック・クラプトンら一部のミュージシャンは反対の立場を表明しています。クラプトンは先月、ボリス・ジョンソン首相がイギリス国内のナイトクラブやライブ会場への入場に際してワクチン接種を義務付けると発表したことに抗議し、今後はワクチン接種が義務付けられた会場では一切演奏しないと発表。ワクチン接種後に予想以上に重い副反応が出たことが原因で反ワクチン派になったというクラプトンは、「差別された観客がいるステージで演奏はしないことにしました。すべての人々が参加できる規定でない限り、私はショーをキャンセルする権利を持っています」とコメントしており、今後はアメリカでもツアーを行わない可能性が出ています。

一方で、クイーンのブライアン・メイは、そんなクラプトンを「変人」と批判。自身のヒーローとして尊敬していると語る一方、自分とは様々な点において意見の相違があるとし、その1つとして反ワクチンをあげ、「どんな薬も副作用はつきもの」だと反論。「全体的に安全であり、ワクチンが人を殺すためのものだという人は気が狂っていると思う」とイギリスのメディアにコメントし、ワクチンの有効性を訴えています。また、KISSのジーン・シモンズもコロナ禍で昨年3月から延期されていた世界ツアー「エンド・オブ・ザ・ロード」の北米公演を18日から再開させるにあたり、ワクチン接種義務化に賛成の意向を示し、さらに「マスクを着用して欲しい」と来場するファンに呼びかけています。

ワクチン接種義務化は音楽業界のみならず、来月ニューヨークで開催予定のファッションの祭典メットガラや、来年1月にユタ州で行われるインディペンデント映画の祭典サンダンス映画祭でも導入することが決まっています。また、ハリウッド映画のスタジオもネットフリックスが全出演者と、出演者と接する現場「ゾーンA」で働くスタッフに接種を義務付けているほか、他のスタジオも作品ごとにプロデューサー権限で接種の義務化が決められています。しかし、ショーン・ペンやシャロン・ストーンはそれでは不十分だと対応を批判しており、自身の出演作に関わる全ての人にワクチン接種を義務化するよう求めています。

元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガーは、ワクチン接種やマスク着用を拒否する人たちを「愚か者」と批判し、マスク着用やワクチンを信号に例えて、「人殺しになるかもしれない信号無視を正当化する人はいない」と語り、自分自身だけでなく周囲の人やコミュニティを守るために責任を果たすよう訴えています。また、ジェニファー・アニストンもワクチン未接種の友人との交流を断つことにしたとインタビューで語っており、リベラル派のセレブたちはワクチン接種義務化を支持しています。一方で、昨年3月にコロナに感染して入院治療を受けていたトム・ハンクスとリタ・ウィルソン夫妻の息子でミュージシャンのチャット・ハンクスはSNSに投稿した動画で反ワクチンを叫んでおり、反対派もいないわけではありません。今後さらにワクチン義務化が進めば、「接種するかしないか選択する権利がある」と訴える反対派にとっては肩身の狭い世の中になることは間違いなく、ワクチンを接種しないと仕事ができないといった状況に追い込まれつつあります。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)