演歌・歌謡曲の世界で「第7世代」と呼ばれる歌手が台頭しています。日刊スポーツ・コムでは「われら第7世代!~演歌・歌謡曲のニューパワー~」と題し、音楽担当の笹森文彦記者が、活躍が期待される歌手を紹介していきます。今回から望月琉叶(るか=25)の登場です。大リーグのエンゼルス大谷翔平(27)は二刀流で大活躍中ですが、望月は何と「演歌歌手」「アイドルグループメンバー」「グラビア」の三刀流に挑んでいます。

アイドルと演歌を両輪に活躍する望月琉叶(撮影・中島郁夫)
アイドルと演歌を両輪に活躍する望月琉叶(撮影・中島郁夫)

これまで「演歌歌手」「アイドル」「グラビア」の3つを経験した芸能人は少なからず存在した。長山洋子はアイドル歌手から演歌に転身。昨年35周年の城之内早苗は「おニャン子クラブ」から演歌歌手、岩佐美咲は「AKB48」から演歌歌手になった。それぞれ写真集などを発売したこともあり、3つのキーワードに当てはまる。しかしいずれも、この3つを同時進行で取り組んでいたわけではなかった。望月琉叶は現在「演歌歌手」「アイドルグループメンバー」「グラビア」を同時進行で行っている。

望月 結構たくさんのことをやらせていただけて、うれしい気持ちでいっぱいです。(コロナ禍で)今は難しいですが、直接ファンの方に会ったり、ツイッターやSNSを通して、どの活動も応援してくださっていることが伝わってくるので、これからも頑張っていこうと思っています。

三刀流に至った道のりをたどってみよう。両親は自宅で美容院を経営。店内では常に音楽が流れていた。母はかつて演歌歌手を夢見ていた。そんな環境もあって、自然と幼い頃から演歌歌手に憧れた。この「演歌歌手になりたい」という思いが、いずれ三刀流となる重要な起点となる。思春期を経て成長するにつれ、芸能界に何度かスカウトされたこともあった。

望月 「アイドルになりませんか」「グラビアをやってみませんか」と誘われたことはありました。でも演歌歌手になりたい気持ちが大きく、自分で何とか切り開いてやろうと思っていました。

チャンスは大学4年の時に意外な形で訪れた。既に生命保険会社から就職の内定を得ていたが、買い物で訪れていた東京・代官山で声を掛けられた。以前断ったこともあるアイドルグループのスカウトだったが、「演歌女子ルピナス組」というグループ名とコンセプトに心ひかれた。

望月 「演歌を世界に」を合言葉に結成され、海外公演も数多くやっているというのがとても魅力的でした。演歌歌手になりたいという思いとマッチしていました。就職が内定したこともあり、歌手になる夢をあきらめそうになった時もあり、本当にすごいタイミングで声を掛けていただきました。最後のチャンスだと思い、母と一緒に話を聞いて決めました。将来はソロで演歌歌手になりたいということも最初から伝えました。

とはいえ当初は「アイドル」というイメージに少し違和感もあったが、仲間であるメンバーがやさしくサポートしてくれたこともあって、しだいになじんでいった。望月の加入後しばらくして「演歌女子ルピナス組」は約4年半の活動で一定の成果を上げたとして「民族ハッピー組」に改名。世界全ての民族がハッピーになる活動をコンセプトとした。望月が抱いていた「演歌を世界に広めたい」という願いと大きく逸脱することがないところから、今も活動を継続している。ソロで演歌を歌う機会も多く、若いファンからも大きな支持を得ていた。

そんな流れの中で、当初から伝えた「演歌歌手になりたい」という願いに向けて周囲も動きだした。現在所属するレコード会社「日本コロムビア」の関係者に演歌を聴いてもらうチャンスを得た。

望月琉叶(左から2人目)が所属するアイドルグループ「民族ハッピー組」
望月琉叶(左から2人目)が所属するアイドルグループ「民族ハッピー組」

望月 細川たかしさんの「望郷じょんから」を歌わせていただきました。気に入っていただけて、デビューが決まりました。とてもうれしかったです。

そして昨年7月22日にシングル「失恋慕情」(作詞・小林元、作曲・樋口義高、編曲・周防泰臣)で、念願の演歌歌手デビューを果たした。キャッチコピーは「グラビアもできる演歌歌手」。芸能界入りする前、アイドルのスカウト同様に、かつてはグラビア撮影の誘いも断っていた。しかし自分の夢が1つ1つ実現していく中、もう抵抗はなかった。

望月琉叶のデビュー曲「失恋慕情」発表時のアーティスト写真
望月琉叶のデビュー曲「失恋慕情」発表時のアーティスト写真

望月 AKB48さんのグラビアを見るのは好きでした。グラビアは視覚から入る自分自身を表現する手段だと思います。音楽の表現とは別物です。それぞれが私を表現する方法ですので、演歌を聴きながら、私のグラビアを見ていただければと思います(笑い)。

グラビアでも活躍中の望月琉叶(C)田中智久提供ヤングマガジンweb
グラビアでも活躍中の望月琉叶(C)田中智久提供ヤングマガジンweb

「週刊プレイボーイ」「フライデー」「フラッシュ」など多くの雑誌にグラビアが掲載され、話題になっている。

今年4月28日に新曲「面影・未練橋」(作詞・幸田えり、作曲編曲・樋口義高)を発表した。デビュー曲「失恋慕情」は、なくした恋への悔やみきれない思いを歌った。「面影・未練橋」は、遠く離れていても、互いの心には橋が架かっていると歌う。演歌とはいえいずれも歌謡曲的なメロディーで、情感豊かに表現している。2作連続で、オリコン週間シングルランキングの演歌・歌謡曲ジャンルで初登場1位を獲得した。

望月 一般的に言うところの、トントン拍子と言いますか(笑い)。それは本当に皆様のおかげと思っていて、もっとその応援に自分自身が応えられるようにならないといけないと、日々思っています。

次回は「三刀流への道」をさらに掘り下げます。(つづく)

望月琉叶のデビュー曲「失恋慕情」のジャケット
望月琉叶のデビュー曲「失恋慕情」のジャケット

◆望月琉叶(もちづき・るか)1996年(平8)7月15日、神奈川県生まれ。東洋大社会学部卒。3歳からヤマハ音楽教室でピアノと歌を習う。中学時代は吹奏楽部。18年にアイドルグループ「演歌女子ルピナス組」に加入、19年8月に「民族ハッピー組」に改名後もメンバーとして活動。20年7月に演歌歌手デビュー。今年7月10日に「演歌女子ルピナス組」時代からの人気曲「チョメリズム」「歌舞伎役者と演歌女子」「浪花夫婦物語」の3曲をカバーした配信シングルを発表。趣味は音楽鑑賞、創作ダンス。特技は絵を描くこと。身長153・5センチ、スリーサイズはB83-W58-H82センチ。血液型A。

◆第7世代 もともと若手芸人が提起したお笑い世代の区分で、第1世代のコント55号、ザ・ドリフターズから7世代に分けた。この発想を戦後歌謡界に当てはめたのが演歌・歌謡曲版。第1世代は三橋美智也、春日八郎、三波春夫ら。第2世代は美空ひばり、島倉千代子、江利チエミら。第3世代が北島三郎、五木ひろし、森進一、千昌夫、都はるみ、水前寺清子、大月みやこら。第4世代が八代亜紀、石川さゆり、坂本冬美、藤あや子、細川たかし、吉幾三ら。第5世代が水森かおり、氷川きよしら。第6世代が山内恵介、三山ひろし、竹島宏、純烈、市川由紀乃、丘みどりら。お笑いでは「3・5世代」「4・5世代」などさらに分類する場合もある。

◆笹森文彦(ささもり・ふみひこ) 北海道・札幌市生まれ。早大第1文学部心理学科卒。1983年入社。文化社会部で長年音楽記者。初代ジャニーズ事務所担当。演歌・歌謡曲やアイドルだけでなく、井上陽水、矢沢永吉、松山千春、長渕剛、アリス、中島みゆきら数多くのミュージシャンをインタビュー。93年から日本レコード大賞審査員を務め、16年は審査委員長。テレビ朝日系「ワイド!スクランブル」「スーパーモーニング」東日本放送などテレビ朝日系東北6県番組「るくなす」福岡放送「めんたいワイド」などにコメンテーターとして出演。座右の銘は「鶏口牛後」。血液型A。


「われら第7世代!~演歌・歌謡曲のニューパワー~」は毎週日曜更新です。