<本日のごのへのごろく 「便利さが 伴う危険な 脳の“バグ”」>

 「機能性発声障害」…以前は聞かれなかった病名が、ここ数年、たびたび報道されるようになりました。歌うときに高音が裏返るような「歌唱時機能性発声障害」、あるいは、しゃべるときも声が出ない・出にくい「機能性発声障害」に悩まされている方が、特に歌手の方に増えています。昨年末、ボイストレーナーの先生が「イヤモニが大きな要因ではないか」と発信され、大きな話題となりました。実際の原因は? 治すにはどうしたらいいのか? 専門家に取材した内容をまとめます。連載『ごのへのごろく』トーク編第36回、今回は「機能性発声障害とは」です。

 ■「機能性発声障害」の症状とは■

 「機能性発声障害」は、声帯には全く異常がないのに、声が出なかったり、出づらかったりする病気です。「歌唱時機能性発声障害」は、歌っているときに、それまで出せていたはずの歌声がうまく出せなかったり、中音域から高音域にかけて声がひっくり返るような症状が出ます。近年、プロのボーカリストが多く発症しており、患っているけれど公表はしていないという方もいらっしゃいます。

 ■あの「りょんりょん先生」が発信■

 昨年末、多くの有名ボーカリストを指導するボイストレーナー“りょんりょん”こと佐藤涼子先生が、ブログを更新され、「大きな会場でライブをするプロのボーカリストが多く発症していること」、そして「大きな原因のひとつに“イヤモニ”があるのではないか」と記載されました。

 ■「イヤモニ」が原因のひとつか■

 「イヤモニ」とは「イヤーモニター」の略で、耳にはめる音響装置です。演奏や歌声が、その最中に同時に聞こえます。専門用語では“返し”や“返り”といいます。ステージ上のどこにいても、演奏者やボーカリストと同じ“返し”を聞くことで、うまく演奏が合い、大きな会場でのコンサートが行いやすくなりました。

 私も佐藤先生のブログを読み、確かにイヤモニは大きな要因ではないかと思いました。そこで、声の専門家で、このコラムにもご協力いただいている、山崎広子先生に、「機能性発声障害」について、佐藤先生とともにお話を伺いました。山崎先生はご自身が「失声症」に悩まされた経験があり、声と脳の関係について深く研究していらっしゃいます。

 ■山崎広子先生に聞く脳の解説■

 まず「機能性発声障害」は、脳の問題だと教えていただきました。脳から声帯の開閉や収縮のための“指令”を出しているところに“バグ”が生じ、その状態で無理に発声を繰り返すことによって、その“バグ”が脳内に“テンプレート”として刻まれてしまい、その“テンプレート”が声を出そうとするたび、あるいは歌おうとするたびに出てきてしまうような状態なのだそうです。

 ■イヤモニが作る「脳のバグ」■

 脳内に“バグ”ができる理由は、いくつかの要因が重なっていることが多く、なかでも「イヤモニが原因のひとつであることは間違いない」と断言してくださいました。私はイヤモニで“爆音”を聞くこと自体が悪いのではないかと思っていたのですが、そうではなく、「骨導音」が聞こえない状態で、遅れた「気導音」を聞くことが問題なのだそうです。(なお“爆音”を聞くと難聴になる恐れがあるので、良いものではありません)

 ■両方必須「骨導音」と「気導音」■

 「骨導音」とは、骨の振動で伝わる音です。耳をふさぎながら「あいうえお」と言ってみてください。耳の内側から自分の声が聞こえますよね? それが「骨導音」。また、「気導音」は、空気の振動で伝わる音のことです。私たちは声を発するとき、「骨導音」と「気導音」を、両方聞いています。

 ■イヤモニが聞こえなくする骨導音■

 自分の声の「気導音」は、外側から空気で伝わる分、「骨導音」よりごくわずかに遅れるものですが、私たちは赤ちゃんの頃からその遅れを無意識に処理しているため、問題がありません。しかし、イヤモニから聞こえる「気導音」は、普段聞いている声とは違った、不自然な遅れが生まれます。さらに、イヤモニの音量が大きいと、「骨導音」は聞こえなくなります。それまで、骨導音を聞くことで正常に働いていた神経伝達に異常が起こる…脳は混乱し、“バグ”が生じるような状態になるということです。

 ■ほんの少し遅れてもしゃべれない■

 2012年に「イグ・ノーベル音響賞」を受賞して話題になった「スピーチジャマー」というスピーチを邪魔する装置があります。これは、話した声を0・2秒遅らせて聞かせることで、次の発話ができなくなる、というもの。自分の声がちょっと遅れて聞こえてくる…想像するだけでも気持ち悪いですよね。

 イヤモニは、「スピーチジャマー」ほどではありませんが、ほんの少しだけ音が遅れて聞こえます。わずかな遅れでも脳の処理は阻害されるのです。

 私もいわゆる“返し”を聞きながらラジオでしゃべっていますが、思えば新人の頃は違和感がありました。今は慣れてしまいましたが、しゃべるだけでも違和感を覚えるのに、それが歌になったら、ますます脳が疲労することは容易に想像できます。

 (次回トーク編は「機能性発声障害を専門家に取材する<後編>」の予定です)

【五戸美樹】(日刊スポーツ・コム芸能コラム「第59回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」)

 【参考図書】山崎広子先生の著書『8割の人は自分の声が嫌い 心に届く声、伝わる声』(角川新書)、『人生を変える「声」の力』(NHK出版)。

 ◆山崎広子(やまざき・ひろこ)国立音楽大学卒業後、複数の大学で音声学と心理学を学ぶ。音が人間の心身に与える影響を、認知心理学、聴覚心理学の分野から研究。音声の分析は3万例以上におよぶ。また音楽・音声ジャーナリストとして音の現場を取材し、音楽誌や教材等への執筆多数。「音・人・心 研究所」創設理事。NHKラジオで講座を担当したほか、講演等で音と声の素晴らしさを伝え続けている。

 ◆佐藤涼子(さとう・りょうこ)国立音楽大学声楽科卒業。二期会オペラスタジオ32期生として学び、オペラやミュージカルの舞台で活躍後、クラシック音楽の枠を越えて活動の幅を広げ、レコーディング、TV、ライブ、CM音楽に、ゴスペルコーラスとして参加。現在、数多くのプロのアーティストに、独自の「歌道~りょんりょん流~」のボイストレーニングを行っている。基礎を固め、個性は守り、声力と歌唱力を上げ、表現力のバリエーションを広げるレッスンには定評があり、これまでに1000人以上を指導。そのうち過去10年間でNHK紅白歌合戦に出場したアーティストは、50人以上。今年でボイストレーナー歴29年目。著書に『驚くほど声がよくなる!歌が上手くなる!カリスマボイストレーナーりょんりょんのボイストレーニング』(東京書店)など。