歌舞伎俳優の坂東弥十郎(65)がドラマで注目を浴びている。歌舞伎では憎々しい敵役から人のいい武士や町人、老け役、女方までの幅広い守備範囲で、毎月のように劇場に出ているベテランだが、ドラマや映画に出演する機会は少なく、歌舞伎ファン以外にはなじみが薄かった。

それが三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に主人公北条義時(小栗旬)の父時政役で出演。初回からコミカルさと時折見せる家長としての重厚さを織り交ぜた、硬軟両様の巧みな演技にネット上でも「弥十郎って誰?」と注目度が飛躍的にアップしている。

弥十郎の父は、歌舞伎から映画界に転じてスターとなった坂東好太郎。初舞台は17歳の時と遅かったが、183センチと歌舞伎界きっての背の高さがハンディとなって、役に恵まれなかった。30代から市川猿之助(現猿翁)のもとでスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」などに出演するようになって頭角を現し、猿之助が演出したオペラなどでは演出助手を任せられたりした。その後、同年代の中村勘三郎との共演が多くなり、コクーン歌舞伎、平成中村座などでは勘三郎を支えていた。

2019年には三谷が作・演出した三谷かぶき「月光露針路日本」に漂流する船の最長老の水主役で出演した。出番こそ多くはなかったけれど、弥十郎の演技に三谷はほれ込み、今回の大河出演につながった。父好太郎は映画だけでなく、大河ドラマ「赤穂浪士」「源義経」にも出演したが、弥十郎は連続ドラマに初めての出演だった。配役発表の時は「五十数年前に父が何本か出させていただいており、自分もいつか出られたらうれしいなと思っていました。その夢がかないうれしく思います」とコメントしたが、歌舞伎で培った確かな演技力と適応力で、すっかり大河に溶け込んでいる。

声をかけてくれた三谷氏に対しても「裏切ることにならないよう、すべてをかけて臨みます」と決意表明したけれど、ドラマを見れば、三谷の目に間違いはなかったことが分かるだろう。

スイスが大好きで、コロナ禍以前は、思い立ったら単身でスイスに行くほどで、スイスで歌舞伎公演を行ったこともある。港区、渋谷区に住む歌舞伎俳優が多い中、弥十郎は長年板橋区に住んでおり、昨年は板橋区観光大使に任命されている。そんな庶民的な親しみやすさにも弥十郎の魅力がある。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)