被差別部落出身者の苦悩を描いた島崎藤村の小説が60年ぶりに映画化された。1906年(明39)に出版された「破戒」は、「だれにも心を許すな」「何があっても出自を隠し通せ」と父から「戒め」を受けた丑松が、出自の告白を巡って葛藤する物語。

映画化は1948年に木下恵介監督、62年に市川崑監督の両巨匠に続き3作目となる。池部良さん、市川雷蔵さんと端正な顔立ちが共通する、間宮祥太朗が主人公の小学校教師・丑松を演じた。自己の存在を否定され続ける苦しみを、間宮が深く、静かに演じきっている。人間の弱さ、正義とは何か。静寂と沈黙。セリフがない場面では、身体全体で差別に対する激情を表現している。

丑松に恋心を寄せる士族出身の志保を石井杏奈、友人で同僚教師・銀之助を矢本悠馬らが演じ、脇を固める。前田和男監督は、丑松と志保の恋愛を繊細に描くことで、作品に「希望」を込めた。明治時代が舞台だが、古めかしく感じない。ヘイトスピーチ(憎悪表現)など新たな差別が顕在化する中、父の戒めを破り、再生していく姿は、現代にも通じる。【松浦隆司】

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