もう旧聞の話になるが、星野源と安倍首相の異色コラボが話題になった。「話題」と書くといい話のように感じる。実際、会見でこのコラボについて聞かれた菅官房長官は「過去最高の35万を超えるいいねをもらった。若者にSNSでの発信は極めて有効だ」と答えている。つまり好評価。成功だったということだ。

一部では安倍首相と菅官房長官のすきま風が報じられているので、ほめ殺しの可能性があるのかもしれない。でも官房長官の公式会見だから、首相公邸はコラボが成功したとジャッジしているのだろう。あとは、野党議員に質問主意書を出してもらって、公的な文書を残してもらえたらと思う。

個人的には、このコラボは大失敗だと思う。メディアの論評はもちろん、いわゆるネット上の記事をみても、批判のトーンの方が大きい。話題というよりは炎上との見方が正しい。官邸は好評価も、数年後に振り返れば、失敗というか逆効果だったという定説に落ち着くだろう。

批判される点はいくつかある。この時、日刊スポーツは「安倍首相 貴族か」と1面で報じた。つまり、国民が大変な時に、優雅に高級な食器でお茶を飲んでいる姿を公的に公開したことへの、ツッコミだ。この点を突っ込むと行数はいくらあっても足りないのやめておく。

芸能記者としての批判は、星野の提案のとらえ方だ。星野はあえてフリー素材をアップし、コラボしようと呼び掛けた。これは、著名アーティストが、ネット上で、無名の、発表の場のないアーティストも、自由に素材を使ってコラボしていいよ、という提案なのだ。無名アーティストが世にでるきっかけとなればという、いわば親心でもある。ところが、安倍首相はコラボすることなく、ただ一方的に有名な星野を利用した。もちろん、無料で。そこには、政治家は芸能人を利用してなんぼという意識が透けて見える。選挙で応援演説をお願いしたくらいの感覚だったのだろう。

今回のコラボ。星野はどう感じているのか。唯一の反応は以下のコメントだけだ。再掲する。

「ひとつだけ。安倍晋三さんが上げられた“うちで踊ろう”の動画ですが、これまで様々な動画をアップしてくださっているたくさんの皆さんと同じように、僕自身にも所属事務所にも事前連絡や確認は、事後も含めて一切ありません」。さらに「#うちで踊ろう#DancingOnTheInside のハッシュタグとともに、この画像、リポストやリツイート等して頂いて構いません」としている。

読めばわかるが、安倍首相を批判しているわけでもない。だが、首相の場合は敵と味方がはっきりと分かれる。それぞれが、都合のいい行間を読み取り解釈するからで、安倍応援団とみられる勢力からは、批判と受け取られてしまう。そして、いわゆる芸能人の分際で政治に口をはさむな、といった批判も巻き起こってしまった。

でも、なぜ、芸能人の政治的発言は嫌われるのだろう。SNSが普及し、世の中のニュースに反応するのはごく自然なこと。けれども、日本の芸能界では、ヘイトスピーチにしても、沖縄・辺野古の埋め立てにしても、夫婦別姓にしても、とかく世論が分かれ、政治色の強いテーマに切り込むと、バッシングをあびてしまう。

米ハリウッドのようにレッドパージを経験した過去はないかもしれない。メリル・ストリープのようなスピーチを期待するのも無理があるのかしれない。それでも、日常生活のニュースの中で、芸能人が感じたことを、普通につぶやける世の中の方が、いたって健全だと思う。

そういえば、女優の杏はYouTubeに加川良さんの「教訓1」の弾き語り映像をアップしていた。歌のうまさと、娘の後ろ姿ばかりに注目が集まったが、これって反戦フォークではなかったか。