クリアトーンズ・オーケストラのバンドマスター岡宏(81)が、6月21日発売の「かすり傷」でテイチクエンタテインメントから歌手デビューする。芸名はBOSS★岡。歌謡界のご意見番として、BOSS(ボス)の愛称で呼ばれることから命名した。

デビューCD「かすり傷」のカップリングは「色男のテーマ」と「男と女のボレロ」(チェウニとのデュエット)で、3曲とも男と女がテーマである。

バンドマスターとは楽団の楽長、指揮者の意味で、略称はバンマス。岡はクリアトーンズ・オーケストラで50年、前身のバンドで10年とバンマス歴60年の大御所。コンサートや歌番組などで、数え切れない歌手の歌唱を支えてきた。

自らの歌手デビューについて岡は「これまで人前で歌ったことはないですが、(CD売り上げ激減などで)低迷する歌謡界の刺激、活性化になれればと思っています」と意気込む。

中学の時、プロの演奏を聴き、テナーサックスの魅力に取りつかれた。中古のサックスを手に入れ猛練習した。16歳でキャバレーで吹いて、初めてギャラをもらった。その時からプロと自認している。

日大在学中からビクター・オーケストラの専属となり、本格的にプロの道に入った。そして63年に小編成の楽団を結成。74年にフルバンドのクリアトーンズ・オーケストラになった。

フルバンドは、ホーンセクション(トランペット、トロンボーン、サックス)に、リズムセクション(ピアノ、ギター、ベース、ドラム)を加えた17人前後で編成される。ビッグバンドとも言う。

面白い話を聞いた。60年代からしばらく、東京駅の丸の内口(構内)がバンドマンのたまり場だったという。仕事を探すバンドマンたちが、それぞれの楽器やドラムのスティックなどを持って、丸の内口にたむろした。

キャバレーやジャズ喫茶など生演奏が大隆盛の時代。丸の内口にはバンドマンだけでなく、バンマスや店のマネジャーなどブローカーも集結した。「テナーサックス奏者が病気で休んでいる。奏者を探している。(ギャラは)いくらでどうだ?」「ベースがほしい。週何日出られる?」など、お目当てのバンドマンをスカウトするのだ。

なぜ東京駅の丸の内口だったのか。「自分の住んでいる町の駅から入場券で入って行くんです。日本の中心地は、当然、仕事も多い。仕事にありつけなければ、入場券で帰る。携帯電話なんてない時代でしたから、『どこどこのお店がドラムを探している』などの情報も入った。仕事は数多くありましたね。いい時代でしたよ」と岡。

そんな土壌もあり、続々とバンドが誕生した。原信夫とシャープ&フラッツ、有馬徹とノーチェ・クパーナ、小野満とスイング・ビーバーズ、高橋達也と東京ユニオン、岡本章生とゲイスターズ、豊岡豊とスイング・フェイスなど。三原綱木とザ・ニューブリードは、長らく紅白歌合戦の演奏を担当した。

もっともフルバンドのような大所帯は、時に波風も立つ。岡は「チームでやっているので、ドラマとベースが仲悪かったり。ビートが合わないとか。トランペットが3人いると、『あいつの音が俺たち合わない』とか始まるんです。仮に合わないヤツが辞めても、そいつと合わなかったヤツが自分の使いやすいヤツを連れてくる。そんな新陳代謝はよくありますね」。

カラオケや電子楽器が進歩し、バンドマンへのギャラや大きなスタジオの手配など、コストのかかるフルバンドの需要は低下した。それでもフルバンドでの歌唱はプロ歌手の証し、プライドでもある。岡にはバンマスとして、ますます頑張ってほしい。もちろんプロ歌手としても、だ。【笹森文彦】

◆岡宏(おか・ひろし) 1941年(昭16)10月1日、東京・浅草生まれ。日大芸術学部卒。中学からテナーサックス奏者として活動。大学では日大リズム・ソサエティ・オーケストラに入団。クリアトーンズ・オーケストラとして中国、韓国、アメリカ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、旧ソ連などで海外公演を行っている。歌手キム・ヨンジャ(64)は元妻。