松田優作さん主演で映画3作が公開された「遊戯シリーズ」のDNAを継承した新作「最後の遊戯 LAST DANCE」が製作されることが優作さんの命日の6日、分かった。3作の監督を務めた88歳の村川透監督、79年の第3作「処刑遊戯」の脚本を手がけた丸山昇一氏(77)ら優作さんと苦楽を共にした製作陣が集結。柄本佑(38)と宇崎竜童(79)が主演する。
一匹オオカミの殺し屋・鳴海昌平が仕事を引き受けては標的を次々と仕留める。日本ハードボイルド・アクションの金字塔となった3作を製作したセントラル・アーツ(当時は東映セントラルフィルム)が、45周年記念作として製作する。18年にトップの黒澤満さんが亡くなり、映画製作をほぼ休止したが、24年に「帰ってきた あぶない刑事」が興収16億円超とヒット。追い風になり復活に動く中、柏原寛司氏が企画を立ち上げた。同氏の胸中には不世出の俳優・優作さんと鳴海の再現こそできないがキャスト、スタッフにDNAを継承したい思いがある。
柄本は反社組織のトップから父を殺した後、姿を消した鳴海を探すよう依頼を受ける元警察官の探し屋・三上雄斗を演じる。「これぞ映画の現場だと言わんばかりの重鎮スタッフに囲まれながら来年40歳にならんとするアタクシはどんなことになっちゃうのか? 自分が一番楽しみです」と期待した。宇崎は三上が鳴海なのかと目を付ける初老の男・黒崎亮二を演じる。優作さんの死から1年後の90年に開催された追悼ライブに出演した縁もあり「村川透監督と久々のお仕事にうれしくて浮足立っている。しかも、45年前に優作と組んで連作して俺たち観客をワクワクさせた『遊戯シリーズ』新作への出演オファーだ。落ち着いていられるはずがない」と語った。
10日から村川監督の故郷・山形県村山市で市の全面協力の元、クランクイン。全国で問題化するクマ対策も市の指導を受け徹底する。
俳優、製作陣はコメントを発表した。
◆柄本佑(三上雄斗役) 書かれた丸山昇一先生のホンが、あります。中身は丸山節全開で、僕なんかでは到底理解できない「飛んだ」ホンです。村川監督を棟梁(とうりょう)とし、これぞ映画の現場だと言わんばかりの重鎮スタッフに囲まれながら来年40歳にならんとするアタクシはどんなことになっちゃうのか? 自分が一番楽しみです。
◆宇崎竜童(黒崎亮二役) 村川透監督と久々のお仕事にうれしくて浮足立っている。しかも、45年前に優作と組んで連作して俺たち観客をワクワクさせたHITムーヴィー、あの「遊戯シリーズ」新作への出演オファーだ。落ち着いていられるはずがない。ドキドキもしている。しかも山形県村山市のご協力を仰ぎ全編山形ロケなのだ!? どうせ、ハードスケジュールに決まってるだろうがソレがどうした!! さらに脚本(ホン)は、あの頃、優作に24時間、365日まるで恋人のごとく「ホンのコンシェルジュ」さながらのコンビネーションで息つぐ暇もない濃密な時間を共有していた丸山昇一サンが書いてるんだから。スンゴイぜっ!! 誰が一体、思い付いたんだ「最後の遊戯」!! ブラボーだ!! そして、あの“(東映)セントラル・アーツ”が総力を挙げて制作する“LAST DANCE”。柄本佑君と肩ぶっつけ合いながら皆んなで創る皆んなで演るエンターテインメント・アクション・ムーヴィー、観ずにいられるはずがない!!
◆柏原寛司氏(企画・プロデュース) セントラル・アーツは社長の黒澤満さんのもと、多くの優秀な監督、脚本家、スタッフ、そして俳優を育ててきました。その記念すべき第一作が村川透監督の「最も危険な遊戯」でした。黒澤さんが亡くなったあと、映画製作をほぼ休止していましたが、再度セントラル・アーツを復活させようと考えたとき、第一作の『遊戯シリーズ』に戻るべきだと思い、この映画を企画しました。
村川透監督、脚本の丸山昇一さん、撮影の浜田毅さんとセントラル・アーツ最強のスタッフが結集した「LAST DANCE 最後の遊戯」にご期待下さい。
◆丸山昇一氏(脚本) シリーズ最終作「処刑遊戯」から、四十五年後。政界、財界、ウラ社会の黒幕や悪党を一撃で仕とめる、プロのガンマン、鳴海昌平。こいつを村川監督の魂で蘇えらせてほしい。 柏原寛司の発案・企画(プロデュース)を聞き届けた村川透は、とめどなくバイオレンスのイメージ、郷愁を誘う音楽があふれ出す。一気に、脚本の構想がふくらむ。今も生きてるかどうかわからない鳴海昌平、の行方(ゆくえ)を追うすご腕の『探し屋』(柄本佑)。村山の地で探しあてた謎の老ガンマン(宇崎竜童)。ふたりの危険な出会い、激突、芽生える絆、されど死闘はやまず……。ミステリ、アクション、そしてユーモア、を強力配合。フランスの犯罪映画(ノワール)の香りがする、“ガチで、ムラカワ、ヤバイ″脚本にした。
◆村川透監督 “ローマは一日にして成らず”小生の魂と志は丸出しの金太郎さん腹まきをつけたワンパク小僧の頃より、いつか必ずお世話になったこの故郷に帰り恩返しをすると心に決め、浄水のため、自費で貯水池とため池を造り、故郷の人々のために生涯を尽くした喜早伊右衛門先生の堤の芝生に寝っ転がり天を見上げ、“よし雲は天才である”などと呟きながら美しい堤防の芝生の上で生涯の恩返しを誓っていたのです。生命の終わりまでです!



