3月31日付での引退を発表した大井の的場文男騎手(68)が17日、大井競馬場で午後6時から引退記者会見を行った。

的場文男騎手一問一答

-今の気持ちは

51年間、乗れたというのは、皆さんに応援をいただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。これだけ乗れるとは自分でも思っていなかった。自分1人の力ではなく、皆さんの応援があったからできたこと。皆さんに感謝しています。

-印象に残っているのは

レースにおいては帝王賞を3回、ハシルショウグンをはじめコンサートボーイ、ボンネビルレコード、東京大賞典もカウンテスアップで勝って、重賞は160近く勝たせていただいた。7424勝も皆さんに応援をいただいて達成できたことだと思う。

-今後の予定は

騎手に関しては精いっぱい、自分でも出来過ぎたな、ぐらいできた。騎手に関しては未練はない。これから大井競馬場を応援していきたいなと思っています。一般人になるわけですからスタンドにも来て応援したいと思っています。

-ファンに向けて

ファンがあっての競馬。ファンがいっぱい入ると僕らもすごくうれしい。何万人と来てくれますからね。そういうのが力になって長く乗れたと思います。コロナの時期は無観客で、競馬に乗っていてもガッツがでないというか、精いっぱい騎乗しましたけど、やっぱりお客さんのいない競馬は魅力がないなと。

-騎手生活の点数は

100点を付けたいところなんですけど、ちょっとミスもありましたので、90点ぐらい。

-一番悔しかった東京ダービーは

(93年の)ブルーファミリー(5着)。ゲートにちょっと癖のある馬で外枠希望だったんです。そのころは2400メートルだったので、3コーナーのカーブからなので、一番外枠は本当に不利。その時はゲートの悪い馬は外枠希望ができた。今はできませんけどね。今の時代の外枠希望できない時だったら、真ん中ぐらいから出ていたら勝っていたんじゃないかと思います。

-膝はどういう状況

普通に生活する分には関係ないんですけど、2月の頭にやって。それから10日くらいで乗れるかと思ったら、とんでもなかったですね。靴下はくだけで歩けなくなるとか。いい時はいいんですけどね。ちょっとひねったりすると歩けなくなって。5カ月くらい休んで7月初めに騎乗しましたよね。その時にゲートから出る時、曲げたり伸ばしたりしなきゃいけないんですけど、膝が痛くて、ゲート出る時にこれは駄目だなと思いましたね。騎手はやっていけないのかなって。靱帯(じんたい)はなかなか元通りにはならないですね。馬に乗るには駄目だなと。

-帝王賞3回勝った中でうれしかったのは

どれもうれしかったですけど、ボンネビルレコードとコンサートボーイが変わらないくらいですね。ハシルショウグンはずっと昔なので、また来年からもチャンスがありますから。また勝てるだろうと。中央との交流で、なかなかこっちの馬が勝つ機会はありませんから、コンサートボーイもボンネビルレコードもよく勝ったなと思います。

-東京ダービーを勝てなかった悔しさは残るか

できれば1回勝ちたかったんですけど、2着10回もまた記録じゃないかと思います。

-今一番やりたいことは

今まで51年間騎乗してきて、やっぱり、やりたいのは競馬に乗って勝つことなんですけどね。もう膝があれなんで。年も年ですけど。68ですから。

-若いジョッキーにかけたい言葉

苦労もあるでしょうけど、一生懸命騎乗していればチャンスが絶対出てきますからね。若い騎手には自分にできることを精いっぱいやって、騎乗してもらいたいと思います。

-勝負服への思い入れは

小暮先生という方が僕の勝負服を決めたんですけど、自分でもものすごい気に入ってるんですよ。っていうのは騎手学校時代にレースが3回あるんですけど、その時に自分で勝負服を作っていいんですよ。ジャンパーみたいなのを買ってきて。その時、たまたま赤いジャンパーに白い星付けて3回騎乗したんですよ。それがまさか自分の勝負服になるとは、小暮先生が決めたんですけど。偶然一致したんですよ。奇跡みたいな偶然。だからものすごく、自分でも気に入っています。

-質疑応答終了

長い間お世話になりました。ありがとうございました。