BIGBOSSの期待に応える。巨人から自由契約となった古川侑利投手(26)が14日、日本ハムと育成選手契約を結んだ。推定年俸は550万円で背番号は116に決定。2軍本拠地の千葉・鎌ケ谷で稲葉GMとともに入団会見に臨み、早期の支配下復帰でチームに貢献することと、参加した8日の12球団合同トライアウトを視察して評価してくれた新庄剛志監督(49)への恩返しを誓った。

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率直な思いが、あふれた。日本ハムと育成契約した古川侑が、言葉をかみしめながら言った。「1度、プロ野球選手として死んだ身なので、僕をもう1度プロ野球選手として生き返らせていただいたファイターズの関係者の皆さんに感謝しかないです」。巨人から戦力外通告を受けたのが11月28日。すぐに10日後に迫っていた12球団合同トライアウトへの参加を決め、野球人生の続きを自ら切り開いた。

12月8日、底冷えのメットライフドーム。トライアウト開始前に純白のロングダウンコート姿で登場した新庄監督をベンチ裏のテレビで見ていた。「うわー、すごいオーラだな」と、テレビ越しでも伝わる存在感に圧倒された。マウンド上でも一瞬で目に入ったが、意識しすぎずに「とにかく開き直って自分のストレートを見てもらおう」。参加者最速タイとなる149キロの直球で、BIGBOSSのハートを射止めた。

新庄監督とともに視察した稲葉GMも「ビッグボスとも話をしましたけど、寒い中で149キロというストレート。速さよりも質という部分で非常に素晴らしいなと感じました」と獲得に動いた理由を説明。まだ26歳と若く、伸びしろにも期待されて、トライアウト翌日に古川侑は日本ハムから連絡を受けた。「最初に声をかけて頂いたので、そこで頑張らないといけないと思った」と、10日には入団の意思を伝えた。

新庄監督はこの日、自身のインスタグラムで古川侑に対して「もう一度夢を」とメッセージを送っていた。「インスタはやっていないので…」と、BIGBOSSからのエールは未確認だったが、伝え聞いて再出発への思いもさらに高まった。「ありがたいですね。そうやって言っていただいているので、何とかそれに応えるのが僕の仕事だと思うので、応えられるように頑張りたいです」。新庄監督と同じ九州男児の右腕は、言葉に力を込めた。【木下大輔】

 

古川侑利(ふるかわ・ゆうり)

◆生まれ 1995年(平7)9月8日、佐賀県武雄市生まれ。

◆生卵3個 3歳のとき、家族だんらんで、すき焼きを囲んでいた際、目を離した隙に生卵3個を飲み干し、父親を驚かせる。

◆人命救助 佐賀・武雄北中2年の時、踏切内で座り込んでいた女性が目に入り、母親と2人で協力してその女性を引きずり、踏切の外に出した。この行為に対し、武雄警察署長の吉永正警視から感謝状を贈られた。

◆甲子園 有田工3年夏にエースとして同校を創部114年目にして初の甲子園出場に導く。1回戦の大垣日大戦で9回4失点完投勝利。2回戦の常葉学園菊川戦は9回5失点で敗れた。

◆プロ入り後 13年ドラフト4位で楽天に入団。プロ5年目の18年の巨人戦にプロ通算15試合目の登板、7度目の先発でプロ初勝利。19年7月に巨人和田との1対1の交換トレードで移籍。プロ通算48試合6勝14敗、防御率5・16。

◆サイズ 178センチ、86キロ。右投げ右打ち。

 

○…入団会見に同席した稲葉GMが、古川侑獲得に関して新庄監督から聞いた言葉を代弁した。「自由契約になってトライアウトを受けて、そういう思い、悔しい気持ちを持っていただきたいと。その中でファイターズの一員として一緒にやれるというところを非常に楽しみにしていますし、大いに期待していますという言葉をもらいました」。続けて稲葉GMからも「楽天で一緒にやった池田選手と仲がよかったと聞いていますし、そういう先輩にいろいろ聞いて思いきりやってほしい」と期待した。

 

◆日本ハムの育成選手 古川侑の入団で過去最多の13人となった。18年に球団史上初めて育成ドラフトに参加。19年は2選手が在籍した。20年は6選手が在籍し、前年オフに育成再契約した高浜がチーム初の育成選手からの支配下登録を勝ち取った。また、樋口も育成入団で初めての支配下登録をされた。今季は8選手でスタート。開幕前に長谷川、8月末に宮田が支配下登録され、育成ドラフトでは4選手を指名。長谷川、樋口ら戦力外通告を受けた4選手が育成再契約をした。現状で来季の育成選手の内訳は投手9人(古川侑、長谷川、姫野、高山、田中、斉藤、松本遼、福島、柳川)、捕手1人(速水)、内野手2人(樋口、難波)、外野手1人(阿部)。支配下選手は獲得が発表されている新外国人選手も含めて66人で、上限の70人まで4つの枠が空いている。