「ごめんね」。そんな気遣いの一言が、いくつ年齢を重ねても、うれしいものだと感じたことがあった。今月5日、千賀ノ浦部屋での稽古後だった。1場所での大関返り咲きを目指す関脇貴景勝(23=千賀ノ浦)が、テレビカメラも撮影する中で取材に応じた。新大関で迎えた5月の夏場所中に右膝を痛め、7月の名古屋場所は全休。わずか2場所で陥落した大関の座に、10勝以上で復帰できる秋場所(8日初日、東京・両国国技館)前の稽古を打ち上げた直後の取材対応。最後に発した自分の質問に答えなかったことに対し、申し訳なさそうに謝ってきた。

その日は、同部屋の十両貴ノ富士による、2度目の付け人への暴力が判明した2日後だった。前日4日の稽古後は、貴景勝は無言だった。それでも秋場所は注目の的であることを理解し、5日は約30人の報道陣を前に、取材に応じた。これまでの調整、現在の状態、秋場所への意気込みといった質問に次々と回答。そこで、貴ノ富士の暴力問題に話題が及んだ。現在の心境を問われると「自分はやるべきことをやるだけ。自分には全く影響はない」と言い切った。そして私が「何か貴ノ富士関とは話したか?」と聞いた。すると「もういいですか」と話し、取材を打ち切った。

テレビクルーが撮影をやめ、取材の輪が解けた時に貴景勝が話しかけてきた。「ごめんね。師匠(千賀ノ浦親方=元小結隆三杉)がこの件について話していないのに、一力士のオレが話すわけにはいかないから」。貴景勝自身の立場、師匠の立場も理解した上で、最後の質問に答えなかったのは最良の選択だった。貴ノ富士の暴力問題については、現在、コンプライアンス委員会が調査中。日本相撲協会は、調査結果をふまえて、どのような暴力が振るわれたかなど、詳細を発表するとしている。それだけに、千賀ノ浦親方は一貫して「その件は(相撲協会)広報部に任せている」と話している。

それでも、最後の質問を無視した形となったことを申し訳なさそうにした。貴ノ富士に関する質問をしなければならない、報道陣の仕事も理解している。テレビカメラが撮影を続け、毅然(きぜん)とした態度を取らなければならない状態とはいえ、非礼と思ったのだろう。そんな気遣いが、うれしくないわけはなかった。

質問された瞬間、さらには取材後のフォローと、23歳とは思えない対応の連続だ。取材中も、貴ノ富士に関する質問に一切答えないわけにもいかないと理解し、暴力問題を受けて、あくまでも自分の内面についてだけは語った。判断力や頭の回転の速さには驚かされる。土俵での瞬時の対応の速さもうなずける。大関返り咲きのかかる場所だが「(秋場所で)成績が良くなくても腐らず、3年、5年先を」と、将来を見据える。末恐ろしいと感じずにはいられなかった。【高田文太】