子育てとは、母性とは。 働く女性たちの複雑な思いが女性大統領、ベビーシッター、そして街頭に立つ娼婦ら10人あまりの登場人物の目を通して描かれる。出身地パリを舞台にモザイクのような作品に織り上げたのはマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(56)。アウシュビッツ、イスラム原理主義…これまでの作品では歴史や宗教という大上段のテーマに取り組んできたが、新作「パリの家族たち」(5月25日公開)は身近な題材だ。来日した監督に聞いた。

-歴史的悲劇や現代の宗教問題を題材に選んできたこれまでの作品とは異質な感じがします。

「誰もが子どもを産むわけではないけれど、誰もが母親から生まれています。考えてみれば、母と子の関係は私たちの人生の大きな部分を占めています。意識はしないけど間違いなくかなりの時間とエネルギーが母と子の関係に割かれているわけです。私自身母との間にはいろいろあったし、25歳と16歳の息子がいます。誰かの子どもであるということは時として難しく、心の痛みを伴うことでもあります。友人や周囲に話を聞いてみると、それこそエピソードは無尽蔵にありました。これは映画になると思ったんです」

-メインキャストの女性だけで10人あまり。同じパリの空の下とはいえ、境遇の違う女性たちの物語が絡み合うように進行する脚本は手の込んだ織物のようでした。

「編集作業に入ってからも何度も脚本を練り直しました。いくつもバージョンを作って比べながら織り上げる作業でした。織物に例えていただきましたけど、その見栄えが良いことを祈るばかりです(笑い)」

-出演者の方はそろって監督の現場でのひらめきに感心しています。

「今回の作品はわが身に置き換えることができるという意味で特別でした。女優さんたちにさまざまな登場人物を演じてもらっているうちに、あらためて『母親』が直面する複雑な事情が実感できました。私の母も私自身ももちろん欠点だらけの母親なんですが、それでいい、それもありなんだという自己肯定的な気持ちが強くなりましたね」

-就任中に妊娠、出産する女性大統領のエピソードが印象的です。

「最高権力者が母親になるというエピソードで、キャリアと子育てを巡る究極の選択が面白いと思ったんです。それから、岩のように安心できる理想のファースト・ハズバンドの姿も描きたかった。私自身の感覚に一番近いのは大統領のインタビュアー役で登場するジャーナリストです。仕事に追われ、時として子どもたちとぶつかったり、分かり合ったり-今でも繰り返してますから」

-日本では働く女性にとって待機児童が深刻な問題です。

「フランスも同様です。妊娠した時から、あるいはその前から登録しておかないと預ける場所はなかなか見つかりません。シングルマザーも約200万人います。父親にはサポート義務があるはずなのに放棄している人があまりにも多い。男性側には『母親は強いから』という先入観があるようですが、それはまったくの間違いです。この映画に女性大統領を登場させ、強そうでもろい一面を描いたのも、そんなゆがみを少しでも認識してもらいたい。正したいと思ったからです」

-米コロンビア映画の海外配給に関わったり、ハリウッド・リポーター紙の国際版編集長の経歴もお持ちなので、最近論議を呼んでいるネット配信優先の映画作りについてもうかがいたいのですが。

「私の息子もiPhone(アイフォーン)で年中ネットフリックスを見ています。ちょっと気がかりですよね。映画を携帯やタブレットだけで『消費』してしまうのは決していいこととは思いません。映画館で見るという体験は文化的に貴重なことだと思います。みんなで感動を共有することが映画本来のあり方ですよね。ひとりきりで見る配信動画は人々を分断して孤立化させてしまう気がして仕方がありません。映画本来の姿を守るために私も戦わなくちゃいけないと思っています」

【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール 1963年1月26日、パリ生まれ。98年に立ち上げた製作会社LOMA NASHAなどで12本の長編作品に関わっている。監督作品では、ホロコーストを題材に教師と生徒の絆を描いた「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(14年)、イスラム原理主義の若者たちにスポットを当てた「へヴン・ウィル・ウェイト」(16年)がある。

「パリの家族たち」の1場面
「パリの家族たち」の1場面