最後の1ピースが埋まらない。ワールドカップメンバーは23人。理想はGK3人、各ポジション2人。岡田武史監督はまずFWを4人選び、中盤とDFラインで複数ポジションをこなす選手を入れ、選考に幅を持たせた。FWは岡崎慎司、玉田圭司、大久保嘉人、森本貴幸の4人。GK3人も固まり、22人までは埋まった。残るは1人。ポジションバランスを考えるならMFの香川真司が順当だった。

 岡田監督は考え込んだ。結論が出ず、98年フランス大会でコーチを務め、10年当時は技術委員長だった小野剛氏を酒に誘った。2人は12年前同様、シミュレーションに入った。自国開催以外で初の決勝トーナメント進出を目標にする以上、逃げ切る形も確立しておく必要がある。最も気になったのが、セットプレー時の守備だった。

 中沢佑二、闘莉王。高さに自信を持つDF2人は健在だが、世界は3人目、4人目がヘディングを狙ってくる。リードして迎える後半残り5分が勝負を分けることもある。その時のオプションが必要だった。香川は点を取る時のオプションで、残り5分を守る駒にはならない。そこで浮上したのがFW矢野貴章だった。

 矢野はFWだが、得点力を買われたわけではなかった。残り5分でFWとして投入すると、前線で走り回って相手の攻撃の起点をつぶせる。相手のパワープレー時には中沢、闘莉王に次ぐ3本目の柱として、空中戦に対抗できる。守備要員として矢野は選ばれた。実際、矢野は1次リーグ初戦のカメルーン戦後半37分に起用され、岡田監督の狙い通り、その役割を果たしている。

 外れた香川は「悔しい。込み上げてくるものがある」と声を震わせた。その後、日本協会からバックアップメンバーとして南アフリカ帯同を打診されたが「代表選考に漏れたわけだから、南アには行かない」と断った。日本協会の大仁邦弥会長が、香川が所属するC大阪の藤田信良社長にお願いしても、首を縦に振らなかった。結局、小野委員長が大阪に出向き「けが人が出たら、日本から選手を現地まで呼び寄せるのはタイミング的に難しい。その時は、1番の候補になる」と説得し、ようやく帯同が決まったのだった。【盧載鎭】(つづく)

10年6月、練習試合でシュートを放つ香川
10年6月、練習試合でシュートを放つ香川
W杯南アフリカ大会、カメルーン戦で競り合う矢野(撮影・PNP)
W杯南アフリカ大会、カメルーン戦で競り合う矢野(撮影・PNP)