世界で最も権威あるカンヌ映画祭の常連、河瀬直美監督(48)に聞いた。最新作「Vision」(6月8日公開)で、フランス女優ジュリエット・ビノシュ(54)を起用。長編映画10本目で初めて外国人を主演に招き、どう意思疎通を図ったのか。日本代表ハリルホジッチ前監督の解任理由の一因となった「コミュニケーション」。撮影中、最も大事にしたことだった。

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 4月、フランス語を話すハリルホジッチ氏が代表監督を電撃解任された。「コミュニケーション不足」がクローズアップされた中、最新映画「Vision」でフランス人のビノシュを主演に招いた河瀬監督は「やはり、そこは最も大事にした部分」と力を込めた。 カンヌ、ベネチア、ベルリン。世界3大映画祭すべてで女優賞に輝いたビノシュに対し、専属の俳優担当を密着させた。「食の違いに対応するため専属シェフを用意したり、情報を吸い上げては改善した」。ビノシュを支える日本人キャストにも担当を置き、体調に応じて宿泊先を変えたり、撮影時間を調整したり。毎晩2時間は意見し合った。

 通訳にも当然、繊細になった。「言葉が私のキャラクターを超えてしまうと、俳優は不安になる」。映画祭の海外担当者を従える傍ら、自身も97年にカンヌ映画祭で新人監督賞を受けてから語学を学んだ。今は「そこ、ちょっと違う」とニュアンスの違いを通訳中に指摘できるほど上達。「監督の言葉は絶対」だからこそ伝え方には責任を持つ。

 プロデューサーは、デンマーク人でフランス国籍を持つ女性、マリアン・スロットに託した。サッカーで言えば、チーム編成責任者の「技術委員長」だ。昨年のカンヌ映画祭で河瀬監督とビノシュが初めて会ってから、わずか10日後に出演交渉をまとめた敏腕。ビノシュ級の大女優になれば取り巻く代理人や関係者も多い中、異例のキャスティングを成立させ「マリアンがエレガントに話をまとめてくれた。フランスに暮らして長いが、抑圧的でない(笑い)」と河瀬監督。右腕との信頼関係も成功には欠かせない。

 「主将」もいる。今回、ビノシュとダブル主演の永瀬正敏。河瀬作品の常連で「私と初めて仕事した岩田(剛典)君や(夏木)マリさんにやり方を伝え、現場で引っ張り、なじませてくれた」。監督と選手ならぬ俳優との潤滑油になった。

 「事前合宿」もある。河瀬作品では、大半の出演者が撮入の1~2週間前からロケ地に住み込む。今作では、舞台となった奈良・吉野の森にある寺や納屋で実際に生活した。携帯電話も禁止。夏木は「ヨモギ団子を食べるシーンのために、ヨモギを摘むところから始めた」と驚く。永瀬が「河瀬メソッド」と呼ぶ独特の手法でリアルを切り取る。

 そのすべてに、コミュニケーションで血を通す。原点は部活だ。高校時代、バスケットボールで奈良県の国体選抜に選ばれた河瀬監督は「主将時代、全15人の部員を1人も辞めさせなかった。その時から、私は対話にこだわってきた」という。「サッカー監督のお仕事は分かりませんが」と前置きした上で「ワンマン社長は一気に動かせる。けれど継続しない。無理やり動かしても感情は乱れるし、スタッフも動かされるだけになってしまう」。だから常に話し、自発性を促す。森山未来から「スタッフが踊るように動いてますね。美しい現場」と言われた時は、素直にうれしかった。

 心を合わせ、あとは俳優を信じる。河瀬監督は、行動や撮影の順序だけ記したメモ書きを渡し、セリフや演技にアドリブを求めることが多い。以心伝心、表現力が即興で引き出された時に「これ以上ないリアル」が生まれる。今作も、ビノシュのアドリブで美しく締められている。【木下淳】

 ◆河瀬直美(かわせ・なおみ)映画監督。奈良市生まれ。一条高から大阪写真専門学校映画科。自主映画「かたつもり」「につつまれて」が国内外で注目され、97年、初の劇場映画「萌の朱雀(すざく)」でカンヌ映画祭の新人監督賞。09年に女性監督初の黄金の馬車賞。13年に日本人監督で初めて審査員を務めた。昨年の「光」などコンペ部門5度の出品を誇る。1児の母でもある。

 ◆Vision フランス人エッセイストのジャンヌ(ビノシュ)と山守の智(永瀬)ら森の住人が、言葉や文化の壁を越えて心を通わせる姿を描く。なぜジャンヌはこの森を訪れたのか、智が見た未来(ビジョン)とは-。奈良県在住の河瀬監督が、進む自然破壊への警鐘も映像美に込めた。