MF澤穂希(36=INAC神戸)にとって6大会連続となるW杯がいよいよ始まる。女子W杯カナダ大会で連覇を狙うFIFA(国際サッカー連盟)ランク4位のなでしこジャパンは、今日8日(同9日)に1次リーグC組初戦でスイス(同19位)と対戦する。本番会場のBCプレースで前日練習を行った澤は、女子サッカーの未来を背負い、頂点に挑む決意を表明した。

 日本代表監督として澤を抜てきした鈴木保氏(68)は「よくここまで頑張ってきた」と話した。初めて澤をメンバーに加えたのは93年12月のアジア選手権だった。中学3年生で15歳になったばかり。代表に加えるのは、賭けでもあった。

 鈴木 91年W杯後、世代交代を目指した。でも、15歳で代表に入れるのはつぶれる心配もある。読売ベレーザの竹本一彦監督(現東京V・GM)から「澤なら大丈夫です」と言われて決断した。クラブでは主力だし、実力は分かっていた。

 デビュー戦のアジア選手権フィリピン戦でいきなり4ゴール。木岡二葉、高倉麻子、野田朱美ら創成期を支えた選手に交じり、堂々とプレーした。95年W杯では、スウェーデン戦の後半30分に負傷退場。中盤の核を失い、日本は敗れた。

 鈴木 本当に悔しがっていた。すごい負けん気。16歳だったけれど、頼もしかった。これから何十年も代表で活躍できると思った。

 急成長していた女子サッカーは、96年アトランタ五輪後に急降下する。バブル崩壊で企業が離れ、00年シドニー五輪出場を逃して人気もかげった。そんな時代を知る澤だからこそ、鈴木氏は活躍を願う。

 鈴木 背中でチームを引っ張るタイプ。いい時も、悪い時も、女子サッカーのすべてを知る存在だからこそ、それを若手に伝えてほしい。できるのは、澤しかいないんですから。

 積み重ねた200試合は女子サッカーの歴史。そのすべてを次世代のなでしこジャパンに伝えることを、かつての恩師は期待した。

 ◆鈴木保(すずき・たもつ)1947年(昭22)4月29日、埼玉県生まれ。立大から日産自動車入りし、85年には監督も務めた。89年に日本女子代表監督に就任し、2度のW杯とアトランタ五輪で指揮。五輪後は日興証券監督を務め、日本女子サッカーリーグ事務局長、日本協会女子委員などを歴任。今年1月、なでしこリーグを目指す藤枝アスレジーナ監督に就任した。