平成から令和へ-。1万1069日間の平成の時代が4月30日、幕を閉じた。トップアスリートは「平成最後の日」をどう過ごし、何を感じているのか?
陸上男子短距離の飯塚翔太(27=ミズノ)らの1日に密着。スポーツ界も大きな変化を遂げた平成を振り返り、令和の時代への思いを聞いた。
◇ ◇ ◇
午前10時3分。飯塚は練習パートナーも務める末弟拓巳(中大3年)と東京・北区のナショナルトレーニングセンター(NTC)に姿を見せた。アジア選手権が開催されるドーハへ出発予定だった4月16日夜、急性虫垂炎を発症。17日に手術を受け、21日に退院したばかり。へそなど3カ所には内視鏡を入れる穴をふさいだ痕が生々しく残る。笑いながらTシャツをめくり、その傷を見せてくれた。
「全身麻酔でした。『5回深呼吸してください』と言われ、3回で寝ちゃいました。起きたら手術が終わってて。術後はへその傷が痛く、寝返りが打てませんでした。手術した日は酸素マスクも付けてましたよ」
もう痛みは消え、練習は再開している。10時32分、ハードルやチューブを使用し、ウオーミングアップを始めた。その後、スマートフォンのアプリで号砲を再現し、スターティングブロックからダッシュを繰り返した。時に豊田コーチが撮る動画を確認。練習が終わると、周りに自然と人が集まるのは人柄だろう。
NTCで拓巳、豊田コーチと昼食を済ませ、午後3時に車で東京・品川区の自宅マンションに戻った。地元・静岡のお茶を入れ、次弟裕也さん(25)も交じり、マリオカートを楽しんだ。部屋はリフレッシュの場。だから意図的に陸上を連想するものは置かない。ただ2016年(平28)リオデジャネイロ・オリンピック(五輪)男子400メートルリレーの銀メダルだけは手元にある。持ってきてもらうと、メダルは傷だらけ、ひもはボロボロ。行く先々のイベントで幾多の人に触ってもらったからだ。だが、気にしない。「家にあるだけでは鉄くずと同じ」とまで言う。その傷も次世代へつながると粋な勲章と捉える。「小学生は話をするより、メダルを見せた方が記憶、心に残りますから。何かパワーを与えられたり、アシストできたりすれば」。そして話題は競技に及んだ。
平成の時代。日本スプリント界の立ち位置も変わった。「日本人は勝てない」と言われたトラック種目。2008年(平20)北京五輪の男子400メートルリレーで日本は銀メダル(銅から繰り上がり)を獲得した。日本勢のトラック種目の五輪メダルは男子初、女子を含めても1928年(昭3)アムステルダム五輪800メートル銀メダルの人見絹枝さん以来、80年ぶりだった。
飯塚は、当時第3走者を務めた高平慎士さんと2012年(平24)ロンドン五輪男子400メートルリレーで一緒に代表になった。印象的なことがある。
「僕たちが自由にのびのびできるようにやってくれました。当時、自分からはコミュニケーションを取れなかったけど、先輩から取りに来てくださり、引き出してくれました」
バトン練習1つでも「今どうだった?」と聞いてくれたという。先輩風を吹かすことはなく「同じ目線で話をしてくれた」。当時、シニアの舞台で実績がなかった自身も萎縮のない環境に助けられた。ただロンドンは5位(4位へ繰り上がり)。メダルを逃した高平さんから「オリンピックで借りを返そう」と伝えられた。その後、飯塚は同じく代表だった山県と満員のスタジアムに戻り、雰囲気、悔しさを胸に焼き付けた。
迎えたリオデジャネイロ五輪。飯塚はリレーに出場したメンバーで最年長となった。立場変わって、引っ張る存在となり、年下の選手たちが力を出し切れるムードを作った。あの侍ポーズを考案したのも飯塚だ。「一番は自然。例えば個人で力を出せなかった人に気を使って話すことは、逆に相手に気を使わせることにもなる。変な空気を出さない」。日本中を感動に包み、翌年の世界選手権も銅メダル。歴史を受け継ぎながら、日本は男子400メートルリレーの強豪となった。
時代は平成から令和へと移り変わる。「人によっては流れが変わるタイミングになるかもしれないですね。僕なんか虫垂炎から退院したばかりですけど、また明るくなるような新しい空気感が出るかもしれない」。令和2年に東京五輪を迎える。リレーの金はもちろん、個人種目でも決勝進出が目標だ。「手応えはあるけど、リオからステップアップした結果は出ていない。違った自分を見せられたら」と誓った。
一通り話を終えた18時31分、裕也さん、拓巳と予約していた居酒屋へ向かった。マグロの刺し身、イカ、サラダなどを注文した。「令和へ向けて、平成に乾杯」。そう言ってグラスを合わせた。次なる歴史を紡いでいく。【上田悠太】
◆飯塚翔太(いいづか・しょうた)1991年(平3)6月25日、静岡県御前崎市生まれ。浜岡中-藤枝明誠高-中大。14年4月ミズノに入社。10年世界ジュニア選手権200メートルをアジア人として初制覇。自己記録は100メートルが日本歴代9位の10秒08、200メートルが日本歴代2位の20秒11。男子200メートルでは過去2度ずつ五輪、世界選手権、アジア大会に出場。男子400メートルリレーでは第2走者を務め、16年リオデジャネイロ五輪銀、17年世界選手権の銅メダルに貢献した。186センチ、80キロ。

