「桃田が呆然…それ見て涙が」朴監督が上着で血覆う

  • 桃田の交通事故について会見する朴監督(左)と中西コーチ(撮影・滝沢徹郎)
  • 桃田の交通事故について会見する朴監督(手前)。奥は中西コーチ(撮影・滝沢徹郎)

バドミントン日本代表朴柱奉監督(55)が20日、羽田空港に帰国し、都内で会見を開いた。

13日に男子シングルス世界ランキング1位の桃田賢斗(25=NTT東日本)が交通事故に巻き込まれたことについて「今年最初の大会(マレーシアマスターズ)で優勝していいスタートを切ったのに本当に残念。大きな事故だったけど比較的軽くて本当に良かった」とホッとした表情を見せた。

朴監督は事故後、インドネシアマスターズに向かった他の選手たちと一緒にバスに乗って、現場に駆けつけており、その時の様子について「桃田はぼうぜんとした表情で(それを見た)自分も涙が出てきた。血も出ていて、周りにタオルもなかったので自分の上着を掛けた」と語った。

その後桃田から「私はまだバドミントン大丈夫ですか(できますか)?」と言われ「大丈夫」と返事をした。その後桃田の携帯を車から探し出し、困っていた桃田に渡してあげたという。

同じく現場にいた男子シングルス中西洋介コーチ(40)も「大丈夫か、と声をかけたが、会話にならなかった」と話した。中西コーチ自身もその後、車に乗る際に事故のことを考えてしまったといい「桃田もフラッシュバックで思い出してしまうのでは」と精神面について心配した。

その後、いったん次戦のインドネシアマスターズに向け、選手を送り出した朴監督らは病院へ向かい、桃田に付き添った。

桃田は朴監督に向かって「治りますかね」と声をかけ、さらに「ハンサムに戻りますかね」と冗談を言う余裕もあったほど。朴監督は翌14日にインドネシアに向かったが、その後はLINE(ライン)でやりとり。桃田が帰国した15日には「ゆっくりチェック(検査)してリカバーするように。もう1度頑張りましょう」とメッセージを送り、桃田から「もう1回頑張ります」と返事をもらったという。

◆朴柱奉(パク・ジュボン)1964年12月5日、韓国生まれ。現役時代は男子ダブルスで92年バルセロナ五輪と85、91年世界選手権で金メダルを獲得。混合ダブルスでは96年アトランタ五輪で銀、85、89、91年の世界選手権で金メダルを獲得。01年にBWFの殿堂入りを果たす。コーチとして各国で実績を残し、04年11月に日本代表監督に就任。16年リオデジャネイロ五輪で高橋、松友組が金メダル、19年世界選手権では最多6個のメダルを獲得するなど日本を強豪に育て上げた名伯楽。